このブログを書き始めた頃、ブログってどんな話題を書いたらいいんだろうと思ったものだ。小さなメモを持って、キーワードを書きだしてみたこともある。
もう4年以上続けているので、今は、何か書こうと思えば、時間があればクオリティーは別にして、結構どんな話題についても書けるような気がする。だらだらとくだらない文章を書き続けているのも、多少は身につくスキルになっているのか。
そういえば、昨年太極拳を始めた理由の一つに、「徒手空拳でできるから」というのがある。道具も不要で広い場所も必要ない、自分の体をコントロールすることに集中するという所に魅力を感じたのだ。今はまた仕事が少し忙しくなってしまったので太極拳もお休み中だが、この間得たものは大きかった。「身ひとつで自分で立つ」という感覚が養われたような気がする。文章を書くのも一脈これに通じるような感覚もある。最後は「裸一貫の人間力」ということなのだろう。年をとるにつれてそういう気分になってきたのが面白いと思っている。ある意味「鈍くなってきた」と言えなくもないが。
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5/16に亡くなった邱永漢氏の発言に、「日本の国債を保有しているのはほとんどが日本人だから大丈夫だ」と安心していますが、誰が保有していようが借金は借金です」、「日本国内は2種類の日本人だけになる心配があります。毎月13万円を手にする生活保護の受給者と、彼らに選ばれた政治家です。」というのがあるそうだ。極めて誇張した言い方だが、今の日本の状況を鑑みるとある意味腑に落ちる。
随分昔、マーガレット・サッチャーの回顧録、自伝を読んだ時に思ったのは、「国家を家庭の一人の主婦のような感覚で切り回しているな。」という印象だった。実際はそういう話ではなかったのだろうが、つい「大きな主語で語ってしまう」感覚のなかではそういう気がしたものだった。何故サッチャーのことを持ちだしたかというと、その時から「国家だから個人とは違う」という物の考え方ははちょっと違うなと思っているからだ。国債は国の借金だが、借金が途方もなく大きくなっても国だから大丈夫という話ではないだろうということ。サッチャーはまた「社会というものはありません。あるのは個人と家庭だけです」という言葉も残している。そのサッチャー女史も今は認知症が進み、表舞台に姿を見せることはなくなってしまったのは時の流れを感じざるをえない。そういえばレーガン元大統領もアルツハイマー病だった。
邱永漢氏の言葉に戻ると、そういった今の時代への提言は「世界を舞台に働くこと」なのだそうだ。だれもがそうできる訳ではないが、少なくとも気持ちの上では、国や会社や誰かに何かをしてもらうことや既得権を守ることに窮々とするのではなく、地に足をつけて自分の力で立つ気持ちを持つということは大事なのだろう。分かっていると自分では思っているつもりでも、実際はなかなか難しいことだ。「毎月13万円を手にする生活保護の受給者と、彼らに選ばれた政治家だけの国」というのは漫画的に言い得て妙である。
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今日は金環日食ということで、朝から全国的に盛り上がってましたね。自宅の周辺でもあちらこちらで道に人が沢山出て、あるいはマンションのベランダから人が大勢空を見上げていたので、普段とは随分違った街の雰囲気で、何か、そっちの方が面白かったです。私はこの時間、ちょうど家を出る頃でしたが、出る直前に虫眼鏡で投影して日食が始まったところを見て、「まあ、一応見ました」ということで外出しました。
三河島の駅の手前で、数人の人がビルの2階をながめていたので、何かなと思って見上げてみると、黒いガラスにくっきりと金環がうつっていました。観測用のメガネは用意していなかったのですが、ラッキーでした。見知らぬ人数人と「すごいですねー!」としばし歓声をあげました。
一方、テレビのニュース等では「世紀の天体ショー」等と言っていましたが、昔であれば、これって一種の「天変地異」じゃないかな等という気もしました。今年は季節の移り変わりも何か変な感じがしますし、こういうのは何かの前兆だったりして。何となくそんな気もします。
でも、別に空が真っ暗になる訳でもなく、平安時代であれば、気づかぬ人の方が多かったのかな。今日の現象も、言われなければ普通の人は気づきませんよね。とはいえ、今年はまだまだいろいろな事がありそうです。
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時々、大きなヘマをやらかしてあせっている夢を見ます。明け方、目がさめるちょっと前くらいが多いような気がします。かなりとんでもない窮地に陥っているのですが、そのうちなんとなく覚醒してきて、途中から「あー、これは夢だよなあ」と何となく思い始め、目がさめて「やっぱり夢だった。よかったー!」というパターン。まだしばらく布団を出なくてもいい時間帯だと、ほっとしていい気分で横になったまま、またぬくぬくしてます。ちょっと前のハラハラドキドキから開放されて、そういう時は結構幸せな気分。
と思えば、朝起きてかなりの時間、何か「頭が働いてないなあ」と思う時があります。人の名前が思い出せないとかいろいろ。ボケの始まりですかね。特に最近、朝のエンジンがかかるのがすごく遅くなってます。ということで、最近目覚ましを30分早くかけて、朝ボーっとしている時間をとってます。全体に生活がスローモーになってきました。なので、あせって何かやるとドーッと疲れてしまう今日この頃です。
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来月家人がクアラルンプールに行くので、持参するiPadと、こちら側で使うPCやiPhone間でSkypeのビデオ通話のテストをしてみました。家の1階と2階で通話して、これならどこにいても距離を感じさせないねと言って大盛上がりしました。娘が、「ところでお父さんLINEもiPhoneに入れてるよね」というので、「Lineって何だっけ?ああ、そういえばこの間アプリ入れといたやつね。」ということで、娘のiPhoenとの間でLineのメールでやりとりも。このアプリはアドレス帳から、Lineのユーザーを勝手に検索してくるらしく、確かに私のアプリにも数人のユーザーがリストアップされてます。メールも先方が読んだかどうかが分かるので便利ということらしく、どんどん進化するネットの世界に改めて「ふーん」という感じでした。
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先日、佐々木俊尚氏の「『当事者』の時代」を読んだ。内容のかなりの部分は著者が毎日新聞の記者をやっていた経験を踏まえた体験談になっており、マスコミの内側の実態をリアルに記述した面白い本になっている。新書にしては400ページを超える大部の著作だが、学生運動が盛んだった時代を中心に、「ああ、あの頃の日本はそういう事になっていたんだな」と思いおこすことができる。かなり冗長な感はあるが、日本のマスコミの特異性が分かりやすく描かれていて腑に落ちる。
また、記述は奈良の檜原神社の「三輪鳥居」を引用して宗教論的色合いもあるが、この部分は私も個人的にこの数年感じている日本古来の神道のメンタリティーへの関心にもつながるもので興味を惹かれた。
その後、井筒俊彦氏の「イスラーム文化」やダライ・ラマ14世の「傷ついた日本人へ」をたて続けに読んだので、ちょっと頭の整理が必要になっていたところに、この間の週末に本を整理していたら、石川英輔氏の「大江戸」シリーズが出てきて、これもしばし読み返してしまった。
曰く「いずれ遠からず、日本人はもう一度大きなつまずきを経験するだろうが、その時こそが、偉大な国家から再び卑小な、等身大の国へと方向転換するチャンスだろう。世界の大国などという、身に合うはずもない豪華でぶざまな衣裳をまとって外国人に警戒され、国際舞台とやらに上がって猿芝居じみた苦労をするよりは、再びつつましい小国寡民への道を歩む方が、われわれにとってずっと幸せなのではないだろうか。高い理想や志などなくても、のどかに生きていられる江戸の人の姿を眺めながら、洋介はつくづくそう思うのだった。」もう20年以上前に書かれた大衆小説だが、今の日本の状況とオーバーラップするのではないだろうか。
一連の脈絡の中で、さしあたり「『大きな主語』で語ると、その話の中で自分は当事者でなくなってくる」ということを思っている。マイノリティー憑依しかり。
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このブログをFacebookに連動させていましたが、どうしてもFacebookのFriendsの顔が目に浮かんで更新がおっくうになるので連動をやめました。最初はTwitterとブログ、Facebookを全て連携させて面白がっていたのですが、それぞれに役割が違う事がわかったので、TwitterとFacebookの連携はかなり前にやめました。今度はブログとの連携もやめたのですが、これはなかなか面白い現象かと思います。Twitter、ブログは基本的に相手を意識せずに言いっぱなしなので比較的気楽です。私の場合、Facebookのつながりは直接知っている人を基本にしているのですが、そこにも流したいなと思う時は個別に投稿しておけばいいと頭の整理をしました。人のつながり方の考え方の頭の整理と言っていいかもしれません。Twitter,ブログの方がより「素」に近いかもしれません。ちなみにFoursquareは投稿する際にFacebook、Twitterに流すか流さないか選択ボタンがあるので、気分によって選べる工夫がされてますね。
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以前も何回か書いたのですが、ドングリを数個小さなボットに植えたものを玄関先で育てています。3鉢あって、名前も分からないまま2種類の木が細々と育っているのですが、1鉢の木がこれまで何回か葉が全て落ちて、もう枯れたのかなと思う時期がありました。15センチ位の高さで数ミリしかない幹だけが残っているのですが、それでもと思い放っていたら、この所また葉っぱを出してきました。4月に入って葉っぱがグングン大きくなって、今は青々として葉を数枚つけています。
その小さい植物を見ると、寒い冬も耐えて何とか生きていたのかと感慨深いものがあります。横に植えてあるハナミズキも初めは1メートルくらいでしたが、何年かでもう2メートル近く背が伸びて、今年はかなりたくさん白い花を咲かせています。これも冬の間は全く葉が落ちていました。落葉樹を見ていると、季節の移り変わりを感じることができ楽しいものです。
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岩波文庫の井筒利彦氏著「イスラーム文化−その根底にあるもの」を読んでみました。これは昭和56年に著者が行った公演をもとにした書籍だそうですが、約30年も前の本にもかかわらず、その内容は非常に示唆に富むものでした。文庫としては200ページ強の薄い本でしたが、話し言葉で書いてあるので比較的読みやすく、この週末になんとか最後まで集中力を切らさずに読むことができました。
内容は機会があれば整理してみたいと思いますが、ここでは前書きで印象に残った部分だけを抜粋しておきます。
「かつて中国文化との創造的対決を通じて独自の文化を東洋の一角に確立し、さらに西欧文化との創造的な対決を通じて己れを近代化することに成功した日本は、いまや中近東と呼ばれる広大なアジア的世界を基盤づけるイスラーム文化にたいして、ふたたび同じような文化的枠組みの対決を迫られる新しい状況に入ろうとしているのではないでしょうか。」
テレビや新聞では毎日、中近東に関するニュースが流れない日はありません。しかし考えてみると、自分自身ふりかえってみて、実際にイスラムの世界というものが殆ど分かっていないことに唖然とします。40歳をすぎ、2002年に仕事で中国に赴任しましたが、その時思ったのは「これまで中国について、本当に何も知らなかったな」ということでしたが、それと同じような事を、10年後の今、イスラム文化について感じています。
「中近東はわれわれ日本人のいま生きている現実そのものの中に織り込まれているのです。・・・それがはっきり主体的に呑みこめないかぎり、イスラームを含む多元的国際社会なるものを、具体的な形で構想したり、云々したりすることはできないからであります。イスラームという宗教の性格、イスラームという文化の機構が根源的な形で把握されてはじめて、イスラームはわれわれ日本人の複数座標軸的な世界意識の構成要素としてわれわれのうちに創造的に機能することができるようになるでありましょう。」
「人類全体が、現在、地球的規模で統一化への道を進みつつあることは、いまや誰の目にも明らかな事実であります。」と著者は言い切っています。思い切ったことを言うなと思いましたが、この本を読む限り、逆に文化の多様性はまだまだ途方もなく存在するという印象もあります。実際、違いが無くなることはないでしょう。一方で、ネットの世界が信じられないようなスピードで広がって、「情報の爆発」が起こっているアンバランス。情報が一昔前とは比較できない位のスピードで伝播していくというのは確かです。現代はまさに前代未聞の時代。それでも毎日の生活は「一見」何気なく昨日と同じように淡々とすぎていくように見えるところが面白いですね。
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今年1月早々、クアラルンプールに行ってきたのですが、久しぶりに南国の風、空気を感じることができました。前職ではしばしばシンガポールに出張で出かけましたが、チャンギ空港を出るとすぐにムッとする湿気と熱風、そして南国特有の樹木が続く景色に、「あー、シンガポールに来たな」と気分のギアが切り替わったものでした。
クアラルンプールの空港も、同様に「南の国」の雰囲気がムンムンしていました。街自体はシンガポールの方がずっときれいで整備されているのですが、ジャングルを切り拓いて作った街なので、生い茂る樹々の生命力が間近に感じられることは同様です。
空港からKL市内に向かうバスを見つけると、ドアの前で18才くらいの男の子が切符を売っています。8リンギットを払ってバスに乗り込んで外をボヤっと見ていると、大きなゴミ箱を2人の女性が運んでいるのが目にとまりました。イスラム教のスカーフをしたまだ若い女の子達でしたが、屈託のない笑顔で話をしながら楽しそうにゴミを運んでいました。若い人が結構多いなという印象と、彼らの表情が印象に残りました。
上海もそうなのですが、東南アジアの国々に行くと、「勢いがあるなあ」と感じます。そのパッションを取り込んで日本に帰国すると、日本の生活を客観的に見ることができます。私にとっては、それが旅に出るモチベーションになっています。「趣味は何ですか」と聞かれて、最近はあまり迷わず「旅行」と答えています。旅に出ると、頭がリフレッシュされ、日々の生活も客観的に見直して、新しい発見や考え方がわいてくるような気がします。その意味で、「身軽に移動できる」という状態を作ることは一つのポイントだと思っています。可動性、モバイル、ノマド等々のキーワードは、私の頭の中では全てここにつながっています。

ペトロナスタワーの展望台からKL市内をのぞむ。
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海外送金に都合がいいので、HSBCを利用していました。この銀行、日本での歴史も長いのですが、今般、日本におけるリテール業務から基本的に撤退することにしたようです。日経新聞によると、プレミア口座で富裕層の取り込みを狙ったものの、外資系銀行に馴染めない高齢者の預金獲得が思うように進まなかったのが背景にあると解説されていました。日本経済を外銀がどうとらえているのかも含め、個人的にはかなり興味があるのですが、実態はよく分かりません。
それはともかく、口座を一定期間で整理しなければいけなくなったので、少しずつ手続きを進めています。昨晩も、自動継続になっている定期預金の、期日における元利金の取扱条件変更をインターネットバンキングで手続きしようとトライしてみました。しかし、変更メニューがどうしても見つかりません。ヘルプ画面でも「変更可能」となっているのですがどうも腑に落ちません。随分時間をかけて探したものの、らちがあかないので、今朝、仕方なくコールセンターに電話してみました。ついでに、変更画面が見つからないと聞いたところ、「定期預金新規受付の機能を停止した際に、変更機能をどうしても残すことができなかった。」とのこと。要は、変更の機能だけを残す開発はせずに、一気に定期預金関係のモジュールをはずしてしまったということのようです。ヘルプ画面の説明文の変更は手がまわっていなかったということでしょう。一応、その旨の表示はしておいた方がいいようですよと言っておきましたが、私自身、システムに関係した仕事をしているので、この辺の舞台裏はなんとなく想像がつきます。いずれにせよ相当ドタバタしているなという印象ですね。
この銀行、海外のHSBCへの口座であれば、外貨も通貨を変えずにそのまま手数料なしでインターネットバンキングで送金できるので、大変便利だったのですが残念です。簡単にサービスを停止してしまうところは「外資」の面目躍如たるところで、それはそれで面白いなとは思うのですが。
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先日、本田直之氏の「ノマドライフ」を読みました。佐々木俊尚氏の「仕事をするのにオフィスはいらない」で広く知られるようになったノマドワーカーという概念から、ライフスタイルに踏み込んだ読み物で、なかなか面白く読み進むことができました。「ノマド」の議論もようやく実践的なライフスタイルの話として地に足がついてきたかなという感じがしました。
「場所」について言えば、私自身はこれまで「行ったり来たりの生活」と表現していたのですが、要は住むところを複数持って、そこの間を行き来することで頭をリフレッシュできないかというイメージで物を考えてきました。
具体的にはアメリカから帰国した1996年に群馬県に土地を入手し、はじめはそこから東京に新幹線通勤しようかと考えていました。しかしながら、バブル崩壊後会社が新幹線の利用をサポートしなくなったこともあり、まずは子供の学校の選択肢の多い東京に住むことにして、群馬との二重生活を模索していました。ログハウスが好きだったので、ログハウスを建てられないかと計画まで練ったりしていました。(ログハウスも必要であれば借りることもできるので、今は自分で建てることには興味が無くなりましたが。)
そうこうしているうちに仕事でシンガポールや他の東南アジアの国々を訪問することになり、2002年に中国勤務となったことで、40代になるまでいかに中国や朝鮮半島、東南アジアの事を知らなかったのか思い知らされました。カルチャーショック。ある意味これまでの不勉強を恥じました。2006年に再び中国から帰国した後約2年の間は日本から出張ベースで中国の諸都市、ベトナム、台湾、インド等に出向きましたが、更にその感を深くしました。
そうこうしているうちにリーマンショックが発生し、昨年は大震災と原発事故。政治は完全に崩壊して迷走しています。経済も先行きが見えない中、「行ったり来たりの生活」もなかなかままならない状況となり、これは国内だけを見て物を考えていてはいかんなというイメージを去年から具体的に持ち始めました。
確かに先は見えないのですが、とはいえ一方では従来の既成概念が大きく崩れたことで、逆説的ですが「見晴らしはよくなったな」という気持ちもしています。「自立した個人の時代が来た」と言ってもいいかもしれません。
ということで昨年はいろいろと新しい事を始めてみようと、年初にResolutionをたて、大小12くらい新しい事にトライしてみました。マレーシアのMM2Hの取得はその一つです。タイ、フィリピン等も選択できましたが、総合的に考えてマレーシアの長期滞在ビザをとりました。
それと平行して中学生の子供を留学させられないかという話になり、これもカナダ、ニュージーランド等々いろいろ調べたところ、意外にマレーシアのインターナショナルスクールも現実的な選択肢ではないかと思い始めました。この件は今後どうなるかまだ分からないのですが、一昨年までは全く考えていなかった展開となっているのは面白いといえば面白い話です。
等々、毎日の生活は一見今まで通りのルーティンを淡々と続けていますし、これからもそうだと思いますが、頭の中は思考停止している時じゃないなと思ってます。
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Facebookのニュースフィードに流れていた小山龍介さんの記事で紹介されていた鉄拳のパラパラ漫画「振り子」を見ました。作者はプロレスラー〜俳優〜吉本のお笑い芸人という異色の人物のようですが、この作品を見る限り、並々ならぬ才能を感じます。
この作品をきっかけとしてYouTubeでいくつかパラパラ系の投稿を見てみましたが、パラパラ漫画の奥の深さを改めて認識しました。考えてみると、アニメも原理的には同じなのだと思いますが、アニメほど大掛かりでなく、一人の人間が描いた数百枚から千枚くらいの簡単な絵から紡ぎだされる数分の荒削りな映像がこれほどのインパクトを与えることができることに驚きを覚えます。それと、画像とマッチした音楽の効果がすごく大きいことも再発見しました。この辺、こういったジャンルには日本人の感性と可能性、まだまだあるなあ等とあれこれ考えたりして、一つ新たな引き出しが頭の中にできました。
絆
振り子
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日下公人「既成権力者の崩壊」を読みました。日下さんは1930年の生まれですから、もう80を越えています。著書もおびただしい数にのぼりますが、ますます冴え渡る洞察力と筆力に驚きます。このブログに何回も書きましたが、私も大学1年の時「日本経済『やる気』の研究」を読んで以来、30年以上に渡って何十冊も日下氏の本を読んできました。ただこのところ、ご本人も残された時間を意識しているのではないかということが行間から読み取れる気がするのは長年の読者として少しさみしい気もします。逆にそれだけに物言いが従来以上に旗幟鮮明になっているようにも思います。例えば、防衛に関連して原爆保有の立場を表明しています。といっても、これも「そういう議論が日本の中にしっかりあることを諸外国に表明すること自体も抑止力になる」という読みもしっかり計算されているようにも感じていますが深読みでしょうか。この本でも放射線に関する意見もストレートに表明されていますが、この辺は私も素人なのでよく分かりません。ただ、日下さんがここまで言うかという印象はありました。一方で、地下の小型原発と、そこから発想する様々な提案の柔軟性には著者の面目躍如たるものがありました。
話は変わりますが、このところ歳をとるにつれて「やりたいこと」がどんどん増えてくるのには戸惑います。若い頃は、歳とってくれば体も心もだんだん弱っていくんだろうなあ等と考えていたのですが、体は確かにどんどん弱ってはいるのですが、歳相応に体力を維持する楽しみはありますし、訪ねてみたい異国の地も沢山あります。本を読んでも昔は分からなかったことが読み取れる事も多く、いろいろな事に興味がつきません。これでは死ぬ時にどんな心境になるのか見当もつかなくなってきました。「あれもできなかった、これもできなかった」という気分になるのかなあ。多分その時はそんな考えも浮かばないのかもしれないなあ・・・等々。
p.s.「日本経済『やる気』の研究」をGoogleで検索したら、3つ目にこのブログの記事がリストアップされたので笑ってしまいました。古い本ですからね。調子にのってyahooで検索したら、こちらは相手にされてませんでした(笑)。グーグル先生偉い!でもこれ、自分が検索したからかな?
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男子マラソンの五輪選考会を兼ねた琵琶湖毎日マラソンで、一般参加の山本亮選手(佐川急便)が日本人トップの2時間8分44秒となりました。本命視されていた旭化成の堀端宏行選手は途中まで外国人選手のトップ集団につき、このまま2時間8分台でロンドン行きを固めるかと思われましたが、途中から失速、安川電機の中本健太郎選手にじりじりつめよられ、抜かれた後はどんどん順位を落とし、最終11位。中本選手も、ほぼ日本人トップでゴールに飛び込みそうと思われたものの、山本選手がまさに飛脚ばりの追い上げでトラック勝負に持ち込んで中本選手をゴール前200メートルほどで抜去りました。旭化成の宗監督は堀端選手の敗因を給水ミスと指摘していましたが、途中からの苦しそうな表情、体の動きは痛々しいものがありました。反面、中本選手と山本選手の切れのいい走りが印象的でした。山本選手はゴール直後のインタビューで、「ロンドン、ロンドンと思い力を振りふりしぼった。まだアドレナリンが出っぱなしでおさまらない。」といった趣旨のコメントを残していましたが、まさにその表情には力がみなぎっていました。勝つ人の表情はやはり違うなと思いましたが、アドレナリンという言葉はこういったインタビューではあまり聞かないものですが、妙にその表情を形容するのにフィットしていました。
話はかわって、女子プロゴルフの開幕戦、ダイキンオーキッドレディースは、ルーキーの斉藤愛瑠選手がプレーオフで三塚優子選手と李知姫選手を振り切って優勝しました。
18ホール目で入れれば優勝というパットを斉藤がわずかにはずしプレーオフへ。これまでかと思いましたが、プレーオフ1ホール目で李選手が脱落した後、2ホール目で三塚選手が約60センチのパーパットをはずし、先にパーとしていた斉藤選手の優勝が決まりました。最終数ホールの斉藤選手の表情も真剣さがみなぎっていましたが、よく持ちこたえました。
ということで、今日の午後はテレビで随分スポーツ観戦してしまいました(笑)。ちなみに来週末は名古屋ウィメンズマラソンが開催されます。これも五輪出場権をかけて争われますが、野口、渋井、尾崎、赤羽といった日本を代表するトップランナーが集い、激戦は必至なのですごく楽しみです。
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先日、ある人と話をしている時に、印象に残った表現として「○○さんをもりたてる」という言い回しがありました。そういえばチームワークという言葉はよく使われるのですが、リーダーを「もりたてる」という言い方は最近あまり聞かないなあと改めて思いました。個人が重視され、「自分が自分が」ということは強調されていますが、それだけを考えていてはチームとして高度なアウトプットが出せるとは限りません。この辺、もう少し頭の中をきちんと整理しておく必要があるなと思いました。
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昨日、埼京線の戸田公園という所で用事を済ませた後の帰り道、午後5時ころ赤羽から京浜東北線に乗り換えました。赤羽から同じドアから乗り込んだおじさん、というか多分70前後だと思うので、もうおじいさんと言っていい年配の人が車両の端の3人がけの優先席に2つあいているシートに座りました。私も向かいの席に座りました。おじさんは一瞬ホームレスかなと思うくらいくたびれた雰囲気だったのですが、改めて見ると服もかなり傷んでいるもののさほど汚れている訳でもなく、臭くもないようでした。顔つきを見ると、大工仕事でもやってる人かなという印象がちょっとしました。
電車が赤羽を出ると、おじさん、持っていた手提げからコンビニ弁当の入れ物のようなものを2つ取り出しました。透明なフタから、煮物のようなものがのぞいています。ご飯もついていないので、何かの会合の余り物をつめたものを貰ってきたのかもしれません。
おじさん、フタをあけると中をちょっと見ていましたが、箸も無いようだったのでどうするのかなと見ていると手でつまんで食べ始めました。「やるな」と思いつつ、ちょっと目を転じて社内広告を眺めていると、そのうち何か飲み始めました。おやと思い改めてそちらに目をやると、ワンカップの白鶴をあけてちびちびやりながら高野豆腐のようなものをむしゃむしゃやってます。おかずを食べる間は、ワンカップの置き場所が無いので足下の電車の床に置いちゃってます。田端につくまでの間で、おかずとワンカップをチャチャッとやっつけると、白いレジ袋に入れ物をきちんとつめて几帳面に口を結ぶと足下に置きました。
この間、約10分の出来事。これがこの人の夕食かな等と勝手に想像してしまいましたが、むしゃむしゃ口を動かしているおじさんの満足そうな顔と、お酒をうまそうに飲んでいる表情が印象に残りました。暖房で暖かく、すいた電車のシートで何のてらいも気負いもなく悠然と煮物の余り物でワンカップをやって「今日はいい日だった」と言うようにうれしそうにしているみすぼらしいおじいさん。人生を額面どおり受けとめているような、それでいて満ち足りた風情に「おっさん、やるな」と再び思いつつ私は西日暮里で電車を降りたのでした。
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古写真のアルバムが何十冊もあるので、最近これをスキャナーで電子化しています。スキャンした画像に筋が入るようになったので、読み取り面のガラスを眼鏡用のクロスでそっと拭いてみましたが、どうも改善しません。目をこらして見ても汚れているとも見えないので、どうも合点がいきません。ネットで調べてみてもやはりガラスかローラーの汚れと思われます。打つ手がないので、メーカー純正のCleaning Wipeなるものを購入してみました。一見、サンドウィッチについてくる小さなお手拭きのようなものでしたが、これでていねいにガラスとローラー等を拭いてみました。が、今一きれいにスキャンできません。そこで筋のついていると思われるあたりのガラス面を指でなでてみると、なんとひび割れかと思うような筋が感じられます。割れているはずないんだけどなあと思いつつゴシゴシこすってみると、少しずつとれてきました。何回かテストしながらこすり続けると、ようやくきれいになりました。なぜこんな筋がガラス面にこびりついていたのか合点がいきませんが、ともかくも結果オーライ。随分高い「お手拭き」でしたが、残り23枚もあるので機械がこわれるまではもちそうです。これでまた猛然と写真スキャンに取り組めます。
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Webアルバムは大変便利ですね。昔は撮った写真を現像に出して、アルバムに貼付けるまで結構大変な作業でした。そんなアルバムが何十冊も家にあります。10年ほど前でしょうか、デジタルカメラに移行してからは実際に紙にプリントすることも少なくなりましたが、最近はさらにPICASAやFLICKRといったWEBアルバムに簡単に整理できるようになりました。昔、時間をかけて作ったアルバムも実際は殆ど見ることがなく何十年も眠ったままになっていたので、少しずつ整理を進めようと思っています。
ということで、今日はPICASAの容量の拡張をしてみました。手続き後の表示では、反映までに少し時間がかかるように書かれていましたが、すぐに20GBに拡張されてました。紙にプリントした写真はSCANSNAPでスキャンしてJPEGでアップロードします。
しばらく作業して気づいたのですが、縦の写真と横の写真を混ぜてスキャンしたので縦のものが横になって、それはそれで結構見づらいものです。そこでアップロードしたものを改めて縦のものは縦に向きをかえてみたところ、グッと見やすくなりました。(ちなみに、子供のとった写真は縦のものが四分の一くらいありました。私自身がとったものはおそらく一割もないと思いますので、ひとそれぞれということでしょうか。)
アップロードした写真に簡単なコメントを入れるとみちがえるようなWEBアルバムになります。Webアルバムは特にコメント入りで友人と「共有」すると楽しいものですね。昔の写真もしばしば見るようになり、スペースをとっていたアルバムも無くなって身の回りも整理されます。どこにいてもネットにつながれば見たい写真を見られるので、外出先で友人にiPhoneで昔の写真を見せるといった芸当も簡単です。最近はWiFi環境下で自動的にWebアルバムにデータを転送するカードもあるので、そのうち導入してみようかなと思っています。
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出勤前に茂木健一郎氏のTweetをもとに早速Kindleでダウンロード。その間約1分の速攻。$0.99。後は読むだけ(笑)。
「RT 「英語を生きる」ための素材
005 Katherine MansfieldのThe Garden Party。
本当に素晴らしい短編小説。」
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TwitterやFacebookに記事をのせる、あるいはブログに記事を書く際、写真をつけると印象が全然違ってきます。下手な文章だけよりも一枚の写真の訴求力は、即効性という意味からも大きいのかもしれません。逆に言うと、文章だけで読ませる力というのは並大抵なものではないということかもしれません。
情報量が多いという意味では、テレビ電話がもっと普及してもいいようにも思いますが、必ずしもそうでもなさそうです。自分と周りの様子が相手に見えるとなると、部屋のかたづき具合や着ている服、表情や女性であればお化粧も気になってしまうかもしれません。自宅からテレビ電話で話すというのは、私もよほどのことがなければ避けたいような気がします。
じゃあテレビ会議はどうなんだと考えると、これはこれでそこそこ使えそうです。特に複数の人が参加する際は利用価値があると思います。最近は会議資料を画面で共有できる機能も進化しているようです。
テレビ会議と言えば、かつて9.11の事件があった時、職場では本社とニューヨーク側を24時間テレビ会議でつないでいたことを思い出します。ずっと人がカメラの前に座っている訳でもないのですが、昼夜を問わず、何かあるとすぐにこちらとあちらで必要な人が集まってテレビ会議で協議するといった辛い状況が随分続きました。
写真の話から脱線してしまいましたが、こういったツール、何をどう使えば効果的かよく考えることは大事ですね。冒頭書いた「筆力」というのも地味ながら忘れないようにしたいと思います。
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伴美喜子さんという方の「マレーシア凛凛」という本を読みました。マレーシアの生活について何か適当な読み物がないかなと探していて、たまたま見つけた本だったのですが、長年の現地生活を通じて体験したいろいろな話題を暖かい視線で綴ったエッセイで好感を持ちました。
文化、宗教、政治、経済と幅広い分野について、マレーの人達との豊富な交流を通して感じたり考えたりしたことを誠実な文章で表現しており、巷にあふれる「マレーシアは物価が安くて、ゴルフ三昧」うんぬんの軽い情報とは一線を画す内容でした。
著者はクアラルンプール日本文化センター副所長をつとめ、帰国後退職して個人ベースでマレーシアに戻り、マレーシア国民大学で日本語教師をつとめるといったキャリアの方だそうです。高島俊男さんや京須偕充さんもそうですが、言葉を大事にしている人の物の見方、考え方は独特の深みがあって毎回新しい発見があります。(自分自身がこの手の内容が好きという傾向もあるかもしれませんが。)
マレーシアに関する情報はえてして「気候がよくて物価が安く、ゴルフが手軽にできる」といった類のものが多く、胸を打つものをあまり見かけないのですが、本書のように地に足をつけた落ち着いた文章と、ある意味人生を見つめるような視点から綴られた内容を読むとホッとすると同時に、情報発信のクオリティーというものに改めて思いを馳せるきっかけを与えてくれたなと思いました。
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気分転換に、ブログの背景を昔使っていたものに戻してみました。が、表示が随分遅くなってます。1ページの表示数を減らすと改善するかと思ったらそうでもなさそう。ちょっとこれでは使えないなあ。・・・ということで再度変更しました。これで大丈夫かな。
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先日神戸に夜行バスで行った際、帰りのバスを待つまでの間、大阪の日帰り温泉に行ってきたということを書きましたが、この所寒い日が続いているので、昨日は仕事が終わった後、家内と南武線の西多摩にある温泉に行ってきました。
千代田線を代々木上原で小田急に乗り換え、登戸で南武線に乗り、南多摩で下車してあるいて10分弱の「季の彩」という施設に行ってみました。7時すぎに入り10時頃出たので、3時間くらいいたことになりますが、初めて岩盤浴というのも体験し、なかなか面白かったです。いろいろな種類の温泉があり、座ったり寝転がったりサウナに入ったり。岩盤浴も数種類あったので、休み休み回ってみました。夜中でも結構な人出で、若い人も随分いたのは意外でした。それでも芋をころがすような状態ではなかったのでゆっくりできました。
帰りは1時間以上かかりましたが、体が芯から暖まって、夜も久しぶりに熟睡できました。こうしてみると、普段の生活ではいかに疲れを残したまま寝ているかが分かります。そのことが分かったのも一つの収穫かな。毎日のことですから、いかに疲れをとって体のメンテをしていくかを意識するかどうかは長年の蓄積となってくる表れてくるような気がします。そんな事を考えながら土曜の休みの朝を過ごしています。今日は午後から太極拳の稽古に行ってきます。
日帰り温泉
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小さなきっかけを育てていくことができるか。まず、それが何かの「きっかけ」になる、あるいはすることができるかに気づく力量が必要。そしてそれに対して具体的なアクションをとれる瞬発力と気力・体力・知力および忍耐力が必要。普段の生活でも、体調を整えておくことと、感性を研いでおくことが大事か。
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自分で実際にやってみることは大切ですね。頭で分かったつもりになっていても、実際には体が思うように動かないということが多いものです。全てを自分でやる事ができないケースでも、ちょっとさわりだけハンズオンでやってみると文字通り「手触り感」が得られ、全体をコントロールするベースの感覚が得られます。だから実戦経験の豊富な人は強い。まず自分でちょっとやってみよう。
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先週は久しぶりに都心でも雪が降り、朝の出勤や通学もすべったり転んだり結構大変でした。実は私も、三河島の商店街ですってんころりんと滑って転んで、左のひじと腰をうちました。
しかし、子供たちにとって雪はうきうきするらしく、中二の娘も「雪はいいなあ。大好き。」と言います。」「雪が積もると大変だよ」と言うと、「だって町屋の駅まで歩いていると大人がみんなニコニコしてるんだよ。」と言います。「えっ?えっ?」と聞くと、「車に積もった雪をおじさんがハーハー言いながら嬉しそうにどけていたし、雪の積もった所をザクザク歩いていたら、後ろから来たお姉さんくらいの人もわざわざ雪のない所じゃなくて雪の上を歩いてくるんだよ。」と本当に嬉しそうに言います。寒さにちぢこまっている我々とは違った感性だなあとちょっと反省しました。
(後日談)東京に雪が降ったのはわずかでしたが、その後各地で雪の被害が大きくなってきました。雪国ではやはりこんなのんきな話ではありません。
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この間パソコンを新しくしたら(Macbook Pro)、古いPCで何分もかかっていた起動がメチャクチャ速くなりました。朝起きて電源を入れると目がさめて体がシャンとする前に起動が終わってます。帰宅しても着替えが終わる前に画面が開いています。SCANSNAPで書類を読み込んでもファイルの処理があっという間に終わります。今まで一体全体延々とパソコンの前で何をやっていたんだろうと思ってしまいます(もっともメールやTwitter, Facebook等はiPhoneで概ね用が足りているのですが)。
スピートが速くなった分、他のことに時間をまわせます。本が随分読めたり身のまわりを片付けてみようかという気にもなります。洗濯機や掃除機等の家電で主婦の家事の負担が大幅に軽減されたという感覚もこんな感じだったのかな等と思ってます。(ちなみにMacbook Airは更に起動が速いらしい。)
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「Always三丁目の夕日」シリーズの第三作目が今日から公開されているようです。この映画、一作目と二作目はヒットしてから随分たってからDVDを借りて見たのですが、いろいろ印象的な場面がありました。
日本橋の上で薬師丸ひろ子が「どんどん変わっていくのね」(少し言葉が違っていたかもしれませんが)というシーン。日本橋と言えば、真上を高速道路が走る高度成長期の無計画な都市整備の象徴のような印象があるのですが、この映画の中で、「この橋の上を道路が通るんだぜ」と一平が淳之介に言うセリフが心に残っています。淳之介が未来の都市として書いた絵に、空中にパイプのような道路が張りめぐらされ、その中を未来の自動車が行き交っているものがあり、それと重ね合わせた子供どうしの会話なのですが、なるほど、今見ると醜悪そのものの景色なのですが、当時はそんな希望にみちた気分が日本にあったのかな等と思いました。何事にも歴史や経緯があるのだということですね。
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またマレーシアねたです。
先日AirAsiaで羽田からKLに向かう飛行機で、「入出国カードはこの飛行機では配りません」という英語のアナウンスがありました。続いて「イミグレーションカウンターで手続きして下さい」と聞こえました。当然ながら、カウンター周辺の机に用紙が置いてあって、それを書いて出すんだろうと思っていたところ、日本語のアナウンスで「本日は入出国カードはご利用になれませんので、そのままイミグレーションカウンターにお進みください。」と言います。「えっ?えっ?それって誤訳じゃないの?」なんて思ったのですが、実際に空港についてみると、皆さんパスポートだけ出して列を作っています。きょろきょろしているうちに順番が来てしまったので恐る恐るパスポートだけ提示するとあっさりOK。
その後ホテルで、先にKLに来ていた家内と子供に合流したところ、二人ともしっかりカードの半券を持っています。今度は帰りの出国が心配になりました。
結論からいうと、入出国カードは無くても大丈夫でした。子供の方は、入国の際パスポートに貼られたシールを半分どこかに失くしていたのですが、それも問題なく出国。何か腑に落ちないまま日本に帰ってきたのですが、その後ネットをあさっていたら、疑問にばっちり答える以下の記事を発見しました。(ページの一番下の記事です。)
今週のマレーシア
イミグレに用紙が無ければ提出しなくてもOK、要はあまり重要なものではなさそうという話ですが、他の国で経験したことのないケースだったのでちょっと驚きました。とはいえ、一方ではこのなんともユルい感じが南国的な感じもした次第です。
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