外付けHDD
週末に外付のハードディスクをアマゾンでオーダーしておいたら、もう配達されてました。640GBというボリュームは、一昔前では想像もできません。USBの転送速度が若干ストレスになりますが、容量を気にしないでいられるというのはありがたいものです。ノイズが少ないとパッケージには書いてありますが、机上に置くと、振動も含めかなり気になるので机の下にでも入れ込んで使おうかと思います。
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週末に外付のハードディスクをアマゾンでオーダーしておいたら、もう配達されてました。640GBというボリュームは、一昔前では想像もできません。USBの転送速度が若干ストレスになりますが、容量を気にしないでいられるというのはありがたいものです。ノイズが少ないとパッケージには書いてありますが、机上に置くと、振動も含めかなり気になるので机の下にでも入れ込んで使おうかと思います。
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昨日はお昼前から雨になり、降ったりやんだりの一日。東京23区も大雨注意報が出たり、雨も結構激しく降り、窓を閉め切った部屋はむちゃくちゃ暑かったです。
今日は一転、肌寒いくらいの一日。お昼から一年振りくらいに家族全員で池袋に出かけて食事をしてきました。朝から小雨模様でしたが、夕方家に帰る時分には大雨でした。
町屋のNASは改装のため今週はお休み。雨のため散歩もままならず、この二日はもっぱら部屋のかたづけをしていました。狭い家なので、スペースを作るのが大変。それでも、なんとか机上とその周辺を整理して、少し居心地がよくなりました。
その合い間にオリンピックの卓球女子香港戦やら韓国戦、野球の韓国戦とか、女子マラソン、女子レスリング、水泳等々とかいろいろテレビで見たりラジオで聞いたり、結構気疲れしました。それにしても涼しいと少し頭が冴える(ような気がします)。夏ばてしないで秋を迎えたいものです。
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昔撮ったビデオを最近少しずつPCに取り込む作業をしています。ロスアンゼルスに住んで2年半ほどたった時に最初のビデオカメラを買ったので、その頃のビデオはもう17年くらい前のものになります。当時のテープはアナログ録画で、だんだん劣化しているので、このまま放っておくと、再生できなくなるかもしれないというあせりもあり、デジタルデータへの変換を試みています。テープのままだとなかなか見ることもない、あるいは撮ってから1度も再生したことのないものもあるのですが、デジタルでPCに取り込むと、なかなか便利だということが改めて分かります。
今でも使用している2代目は既に10年くらいたったもので、今時の機械に比べると随分大きく、ここ数年は殆ど出番がありません。長い時間撮影しても結局見ないことも多いので、デジカメの容量が飛躍的に大きくなり、ビデオも多少はとれることから、最近はデジカメで済ませていました。しかし機器の進歩で編集や再生がごく簡単にできるようになると、改めてビデオもいいものだと思います。
昔の映像を見ていると、自分もいろいろな経験をしたものだと改めてバランス感覚を取り戻すことができます。日本の管理社会で暮らしていると、他人から毎日毎日もっともらしく「足りないところ」を指摘されて、だんだんいやになってきますが、自分のよってたつところを大事にすることは必要だと思います。
してみると、ちょっと飛躍しますが、やはりお年寄りは大事にしなくっちゃねと思いますね。年寄りが大事にされないので、年寄りは年寄りで卑屈になったりひねくれたりして、不良老人が増える。いろいろな断絶がありますが、世代の断絶も看過できないものがあります。
話しは飛びますが、こういった記憶をたどってみると、意外に頭に残っているものといえば、やはり何か「食べている」場面が多いです。あの時はこういう食事をしたなとか、あれはおいしかったなとかいうことが結構頭に残っています。ということであれば、やはり物を食べるということは襟を正して臨む(大げさ)大切なことなのだなという思います。
更に思いを馳せると、27年間サラリーマンとして会社で働いてきて、記憶のかなりの部分を占めるのは、仕事の後に酒を飲みながら周囲の人間と話したことです。残念ながら、そんな付き合い方も、最近の職場ではほとんどなくなりました。たまに酒を飲んでも「よかったな」と思うケースが極めて少なくなりました。ある意味難しい年齢と時代になってきたなと感じます。
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先週後半は、電車が本当にすいていました。昨日は日暮里から山の手線で座れました。駅もガラガラ。普段からこのくらいの人口密度であればいいのになと思います。甲子園の野球が終るころからまた少しずつ夏の終わりを感じるようになるのでしょう。今年の甲子園はオリンピック期間を配慮して、前倒しで開幕したようですが。
オリンピック期間といえば、仕事上もかなり影響があり、中国ではこの期間に何かやっかいな事を起したらタダじゃすませないからねというスタンスが明確で、いろいろふりまわされます。とはいえ、オリンピックでは普段見られないスポーツがいろいろ報道されるので面白いですね。柔道自体、テレビで見たのは前回のアテネ以来じゃないかと思うくらいです。荒川を代表するスポーツ選手の北島選手も二冠を達成しました。野口選手の不参加がかえすがえすも残念ですが。
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Google Map Street を初めて見ました。我が家の前の路地裏まではさすがに入ってこられなかったようですが、ほんの目と鼻の先まで写っいたのでビックリ。ロスアンゼルスで7年半住んでいた家はバッチリ見えて、10年以上たちますが、当時とあまり変わっていない様子です。
Google Earthを初めて見た時は、本当に驚きましたが、Streetの方もよくやるもんだと感心します。すごいデータ量です。
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ヨーマンというと、昔世界史の教科書で覚えたような気がしますが、14~15世紀のイギリスで、封建的土地所有の解体過程の中で出てきた独立自営農民がヨーマンと呼ばれています。この辺の歴史は、現代の都市化、グローバル化といった問題を考える時にもちょっとヒントになるかもしれないな等と感じています。
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8日の開会式をテレビで見ました。総監督は張芸謀で、中国的な壮大で絢爛なショーとなっていました。テレビではチャン・イーモウと紹介されており、日本でも一般的に中国語読みの名前で呼ばれていますが、他の人については一般的に漢字を音読みで表記する方法が使われています。この辺分かりにくいですね。地名もチンタオとシャンハイ以外は音読みで呼ばれています。北京もベイジンとは言いません。英語を使う人達の方が、その点はストレートに中国語読みを受け入れているので、コミュニケーション上は分かりやすいように思います。
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日経パソコン08年8月号によると、1481市区町村の情報化度を調べたe都市ランキング2008で、荒川区がトップに評価されているそうです。「電子申請・オンラインン申請の利用件数や自動交付機の利用率などで数値目標を設定したり、住民からのメールでの問い合わせへの対応をルール化しているなど、ITを活用した情報やサービスを組織として積極的に提供していこうという姿勢がうかがえる。また、調査した5カテゴリーすべてが10位以内に入っており、全体バランスの良さが目だっていた」とのこと。ちなみに2位は千葉県市川市、3位は山口県下関市になっています。
また荒川は東京都の中でも犯罪発生件数が2番目に少ない区と聞いています。1位は文京区。西川区長は、1番とはもう少しの差なので、自転車の盗難件数をなんとか減らしたいので協力してほしいとおっしゃってました。こういった事も積極的にアピールしてもいいように思いますが、ランキング競争のような話になると、それはそれで弊害もあるんでしょうね。まあ、目立たなくても実質的に住みよい街であってくれればいいということかと思います。
→と思っていたら、e-都市ランキングの記事は、荒川区HPの区長のコラムにちゃんと載ってました。
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今日は近くで落語を聞く機会がありました。前座の人が話した後、春風亭柳朝、古今亭菊之丞といった噺家が続いたのですが、今日のメンバーはやはり後段になるつれて落語が面白くなっていく。これはちょっと相撲に似ているなと思いました。だんだん序列があがっていくと、迫力が出てくる。そんな感じがしました。最後、古今亭菊之丞の「天狗裁き」は大笑いして、いい気分で会場を出ました。
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今日は「上野の森文化探検 夏休み子ども音楽会2008」に行ってきました。このイベントは、東京都交響楽団による子ども向けのクラシックコンサート(約1時間)と、上野公園およびその周辺の美術館、博物館、動物園9ヵ所を周遊できる1日パスポートがセットになっているものです。国立博物館や上野動物園等々を巡り歩きする間に楽しいコンサートを聞けるというユニークな催しで、子どもと1日存分に楽しめました。コンサートの演目も、親しみやすい名曲を上手に組み合わせてあり、和気あいあいのいい演奏でした。
ちなみに、昨日は地元のムーブ町屋で「親子でJAZZコンサート」というミニコンサートも聞いてきました。こちらはピアノ、ベース、ドラムのトリオに、アメリカ人の女性が何曲かボーカルをとっていました。この女性の歌が大変上手で、町屋で聞くには場違いな感じがしたくらいでした。この週末は大変暑かったですが、なんとか活動的に文化的に過ごせました。
国立西洋美術館
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赤塚不二夫氏が2日に亡くなった。ハチャメチャなナンセンスは逆にしっかりと地に足のついた安定感があり、純粋に楽しめる数少ない漫画だった。
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玉村豊男の「田舎暮らしができる人、できない人」(集英社新書)の中に、「ゆるやかな経済」というくだりがある。
特に都市部の人間の生活は、ほぼ全ての活動がお金を介して成り立っている。分かりやすい例でいうと、畑で野菜がとれすぎたので、ちょっと隣の大工さんにおすそ分けしたら、我が家の壊れた棚を休みの日に直してくれたとかいった貨幣経済の数字に表現されない外側の活動がほとんど無い、100%お金を介した生活の枠組みになっている。都市生活者はそれが気楽という面もあるが、いささかひよわな世界である。
「ゆるやかな経済」、「小さな王国」、「生活のスケールダウン」。それでいて質の高い生活。そんなイメージでしょうか。グローバル経済とかいう暴力的なマネーゲームの大波にどっぷりのみこまれてしまわないための生活の「タメ」をどこかに見出していきたいものです。戦争が起こった時も、都市生活者はとても弱い立場に置かれます。
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最近あまり話題にのぼりませんが、「一票の格差」という問題は、妙な話です。あきらかに東京をはじめとする大都市の住民に不利益な状況だと思いますが、新聞の報道などを見ていると、格差があっていいのか悪いのか分からないスタンスの記事ばかり。格差があって然るべきというカラクリがあるというのなら明確に説明してほしいものです。
話は違いますが、先般、原油価格値上がりで漁船を出すことが出来ない漁業関係者に対し、政府がカネを出すという報道がありましたが、これにも違和感があります。
総じて、大都市でコツコツと働くサラリーマンが一番ワリをくっているという構図のような気がします。
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と言っても、足指のじゃんけんです。以前、何かの雑誌で健康法の一つとして足指のじゃんけんを紹介していました。足の指でグーチョキパーとやってみるのですが、これがなかなか動かない。今でもうまくできませんが、確かに足の指は普段意識的に動かしている訳ではないので、一日一回くらいは、指に意識を集中してケアしてみるのもいいものかなと思います。
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先週末、草津に旅行した時、湯畑の近くの神社を散策していた際、6人ほどの女の子のグループとすれ違った。顔もよく見なかったが聞くとはなしに聞いていると、その中の一人がお賽銭箱の前で「私はご縁がありますように」と言っている。すると他の子が「私も」、「私も五円」と屈託が無い。大学生だろうか、どこにでもいそうなごく普通の女の子達だったが、せちがらいこのご時勢、昔ながらの素朴なやりとりが好ましかった。
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以前、自然から得られる情報量ということを書いたことがありますが、考えてみると、これは自分自身が変化しているということかもしれないなと思うこともあります。つまり、同じ物、事象を見ても、そこから想起する情報あるいは思い出と言ってもいいかもしれませんが、それらが年を経るにつれて蓄積されてくると思うのです。
そう思って物を見ていると結構面白い。目の前の物や人、動物等を見て、何を思うか。何についてもすぐに5つくらいのことは頭に思い浮かびそうです。人間は日進月歩。若いころは今日はヒマだなー!と思う時がありましたが、あの頃はつくづく頭の中が空っぽだったんだなあと思います。年を経るにつれ、ヒマ等という感覚は無くなってきます。亀の甲より年の功ってところでしょうか。
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草津温泉に初めて行ってきました。週末の1泊2日だけでしたが、結構リフレッシュしました。古くからの温泉街で、有名な湯畑を中心に落ち着いた街並みになっています。また行ってみたいという点では、小牧温泉も結構よかったですが、草津はさすが天下に名だたる温泉という感じ。町全体のホスピタリティーも含め、総合的に見て素晴らしい温泉だと思いました。
面白かったのは、湯畑の隣に小さい公営のお風呂があって、硫黄のにおいがたちこめる、かなり熱いこれぞ温泉というお湯が無料で開放されていたことでした。入り口を入るとすぐ2 m.四方くらいの小さな風呂が2つあり、片方は入れないくらい熱いお湯。もう片方も相当熱いお湯でした。こういった温泉がいくつかあるのだそうです。宿の風呂も24時間入れるので、快適でした。
白根山のお釜もきれいでした。その後白根山を下り帰路につく頃には、吾妻一帯は大雨注意報が出るほどの土砂降りになりましたが、関越自動車道に入る頃にはやんで、夕焼けがきれいでした。
草津の中心に位置する「湯畑」
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一昨日は、足立区の花火大会があった。子ども達も浴衣を着て見学に行ったが、帰宅してみると、家の窓から遠目ながら見ることができた。去年は見なかったなと考えたが、夏休みで旅行に行っていたのを思い出した。
今日の夜は確か隅田川の花火大会である。これはさすがに自宅からは見えず、昨年は自転車で見に行ったものだ。今年は末っ子が夏休みで昨日からキャンプに行ったので、家内と草津に一泊で行ってみようと思っている。隅田川花火は今年はテレビで見るだけ。夏本番、とても暑い日が続いている。夏ばてしないように気をつけたいと思う。
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7/25東京新聞の投稿欄で、「日本の割りばしを使おう」という記事があった。森林資源の維持には間伐が必要で、それによって発生する大量の端材が出るが、その最適な利用法は昔から割りばしと決っていると言う。使った割りばしは集めて燃料にすればよく、日本製がコストとして外国製より高い部分は緑のための応分の負担と考えるべきという言い方をしている。
65歳の方の投稿で、どういう経歴の方か分からないが、短い文章に明快な趣旨が述べられており目をひいた。
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最近、週末の朝は40分ほど散歩しています。家から荒川自然公園に行き、公園内を一回りしてから町屋斎場の前を抜け、町屋駅を横切って帰宅します。
自然公園では、折々の木や花が楽しめます。つい最近までは、ハネツクバネウツギという花が白く咲き誇っていました。この名前を覚えておこうと思ったのですが、家に帰ると思い出せない。しようが無いので、今日は写真をとってきました。漢字では花衝羽根空木(スイカズラ科)と書くんですね。それにしても、花の名前はなかなか覚えられません。
町屋斎場ではいつもお葬式をやっています。いくつもの会場があるのですが、昨日の朝も一杯、今日はまた名前が変わって会場が用意されていました。
町内一周という感じですが、時々道順を変えながら、四季の移り変わりを楽しんでいます。
家に帰れば、父親を包丁で刺殺した女子中学生の供述をトップニュースで流していました。ショッキングな事件ではありますが、このような子どもの言っていることを逐一全国ニュースのトップで流してどうしようというんでしょう。
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昨日7月19日、ようやく梅雨明けしました。
ニュースを聞いていておやっと思ったのは、気象庁が「梅雨明けしたと思われる」と発表したという報道。「したと思われる」というのは、責任回避の余地を残したということかという印象を持ちました。そんなところまで考えているのかなという感じがします。あるいは、毎年そう言っているのを、たまたま今年のマスコミはそう伝えたのか。
まあ、どうでもいいことですが・・・。これから暑い夏が始まります。
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私の勤務先でも、軽装勤務、いわゆるクールビズを6月から9月の期間行っています。昨日、久し振りに本店で打ち合わせがあったので、ネクタイをしていこうかなと迷いながら、結局半そでのYシャツ、ノーネクタイで出かけました。会議に出席していた人のいでたちを見てみると、背広の上着を着てノーネクタイという人が三分の一ほどいてびっくりしました。上下そろいのスーツでネクタイだけはずしているというのも、結構思い切った格好だなと、ある意味感心したものです。
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7月11日の東京新聞に玉村豊男氏の記事が出ていた。久し振りに見かけたので、興味深く読んだ。・・・
「拡大する経済は必ず衝突し、争いを生む。新興国までが経済を急速に拡大し始めると、資源も環境も、もはや持続できないことが明らかになった。グローバル化は国境を越えた資源やカネの奪いあいで、それに巻き込まれたくない。」
「農地を大規模化して効率よく収益をあげるというのは工業的な論理。クルマを作るのと同じように農作物をつくろうと考える人たちだ。農業的な感覚は拡大よりも持続」と訴え、里山特有の狭い土地を利用した多品種少量生産こそ有効と強調する。
「世界がどんなにグローバル化して弱肉強食の格差世界になっても、そんな体制に関係なく、毎日こつこつと働く。仕事そのものを喜べば、収入がそれほど増えなくても、自分に嘘をつかずに生きていける。たとえ大きな国の経済が破綻しても、小さな王国は確かに生きていける。」
・小さな王国
・スケールダウン
キーワードになりそうです。
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先週の火曜夜から北京に出張しました。木曜朝には帰国したので正味1日のみの滞在でしたが、まず北京首都空港のターミナルビルが立派になっていたのに驚きました。オリンピックに国家の威信をかけていることがよく分かります。空港からタクシーに乗って行き先を告げると、「O.K.了!」と、なんだかシンガポールにでも来た様な受け答え。街中はさほどオリンピック一色という印象ではありませんでしたが、それでも「選手村」という交通標識が出ていたり、看板にアルファベットが目についたり、なるほど、あと一ヶ月なんだなと感じさせるものがありました。
一方、海外から帰国していつも感じるのは、日本はやはり平均年齢が高いなということです。アジア諸国に出かけると、若い人が多い。ベトナムにいたっては、戦争の影響で平均年齢が20台と聞いたこともあります。年齢が高いが、何となく成熟した感じがしない社会になっている感じがします。
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今日は、自動車免許の更新に鮫洲まで行ってきました。平日ですと、いろいろな所で更新手続きができるのですが、週末は日曜日に試験場しかやっていないので、ちょっと遠いのですが、出掛けてきました。5年ぶりくらいでしたが、手続きもスピーディーで、殆ど待ち時間がありませんでした。以前は、交付までの間かなり待たされたように思いますが、講習が終ったらもうできていて、行列で順番に受領でき、なかなか手際よくなってました。新しい免許の写真に5年の月日を感じながら、埃っぽい鮫洲の町を後にしました。
町屋に住んでから自動車も持っていませんし、自動車に乗る必要も無いので、このところ本人確認資料としてしか意味が無いのですが、まあ何かの拍子に運転することがあるかもしれません。
免許といえば、アメリカの免許の試験は受験料が(10年以上前で)10ドルくらいだったと思います。それで3年(でしたか)米国内で運転歴ができると、日本に帰国した時に日本の免許に切り替えできます。日本で免許を持っていなかった会社の人が、その方式で日本の免許を取得していましたが、教習所通い無しでコストも当時で20万円以上節約できたことになり、ラッキーと喜んでいたのを思い出しました。
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エコという言葉を目にしたり聞いたりしない日はないくらいですが、よく分からない話が多いです。二酸化炭素排出量削減と言って、○○をすれば、あるいはやめれば××のCO2削減効果があると説明されますが、そんなにきちんと数字が出るんでしょうか。目安なんだと言われてしまえばそれまでですし、人の生活と自然との関係を注意深く考えなければいけないのはその通りだとは思うのですが、話が変に単純化されすぎてないか、論点がすりかわっていないかという気持ちがつい先にたってしまいます。
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テレビのチャンネルを回していたら、おしゃれ工房という番組で、化粧水をティッシュペーパーにしみこませ、パックとして使い、終ったらもったいないので首まわりにつけるとよいというような会話が耳に入りました。「首のまわりには自律神経がいっぱい走っているので、よく手入れをするとよい」と言うので、テレビを消してインターネットで自律神経を調べてみました。
最近、肩こりが激しく、頭痛や軽いめまいがすることがあるので、気になっていたのですが、自律神経あるいは自律神経失調症などと見ていくと、お灸という言葉に出くわしました。ロスアンゼルスで仕事をしていた時に、一時帰国した際、お灸を買って持っていったところ、なかなか効き目があったことを思い出しました。
お灸という言葉から、ツボと体調の関係に進み、普段、肩や首がこった時に、無闇やたらにたたいたりもんだりしていたのは、あまりよくなかったように思いました。きちんとツボを見つけて、ジワッと押すなりお灸をすえるなりしないといけないのかなと。 ひょんなきっかけで、いろいろと調べ物をしてしまいましたが、なかなか面白い発見がありました。
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今日は暑かった!現在、夜8時前ですがまだ31度くらいあります。家ではクーラーは殆ど使わないので、さっそく扇風機を押入れから出してきました。中国で買ってきた大きめの扇子も会社でよく使ってます。いよいよ夏の向けて体調管理に気をつけねば。9月になって夏ばてしていないようにしたいと思っています。
そういえば、借りた本を返しに荒川図書館に行ったら、冷房がバッチリ効いてました。1階のホールは結構がらんと広いので、ちょっと(かなり)もったいない感じ。涼みに行くにはちょうどいいかなと思いましたが。
午後は谷中までブラブラ散歩しましたが、帰り道は暑さでバテてしまいました。帽子を持っていかなかったのも敗因でした。
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通勤に、先日購入した縦型のカバンを使っています。手提げ、ショルダー、背負いといずれも可能なので、駅までの歩きでは背負って、ホームでは片方の肩に背負い、電車内では手にさげています。混んだ狭いホームでは、肩にかけていると体を少し斜めにするだけで、人にあまりぶつからずに歩けるので意外に具合がいいです。手に荷物をさげていると、やはり邪魔になります。また、歩くときに荷物を背負っていると、体のバランスを考えながら歩けるのでいいのではないかと思います。
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Permanent Traveler
・国籍を持つ国
・ビジネスを営む国
・居宅を持つ国
・資産運用を行う国
・余暇を過ごす国
と言いますが、どうなんでしょうか。
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先週は仕事が忙しく、疲れが週末にどっと出てしまいました。パソコンを見ていても吐き気がするような感じがしたので、ブログへの書き込みも全くする気がしませんでした。そのまま一日終ってしまいそうだったので、これではいかんとジムに行って少し体を動かしたものの、夜は9時には寝てしまいました。今日は月曜。とりあえず何とかしのぎました。まあ年を考えると、昔のようにはいきませんね。やれやれ。
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乃南アサの「チカラビトの国」(毎日新聞社)を読みました。この人、何年か前に新聞のインタビュー記事を読んで気になっていたのですが、相撲について本を書いていたとは。
それにしても、知っていそうで全然知らない各界の話題が読みやすい文章で紹介してあり、面白かったです。大相撲は2回見に行ったことがありますが、視点を変えて、また見に行ってみたい気がしました。
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日暮里駅前に新しくできたビルの3階に坦々面の店が開店していた。「匠味」という店。メニューをのぞくと、看板の坦々面900円を筆頭に、黒胡麻坦々面等、その系列の品がいくつか並んでいる。自動販売機で券を買って、十席くらいの吉野家風のカウンター席で食べるようになっている。ちょっと食べるには値段はそこそこ高めの設定。更に四川料理の、それも坦々面だけの店というのもユニークではある。(しかしながら、帰ってインターネットで坦々面を検索してみると、おすすめ店のリストがのっていて、山ほど店が出ていたのには驚いた。結構好きな人が多いのかもしれない。)
上海にいた時に、South Beautyという四川料理店があり、最後にいつも小さいおわんで坦々面をたのんでいたのだが、それは今でも時々また食べたくなる料理の一つだ。確かに坦々面だけを単品で食べようと思うと、普通は中華料理屋に行くのだろうか。となると一人で入るのはやや気がひける。そう考えてみると、坦々面が好きな人にとっては、こういった店はありがたいかもしれない。ラストオーダーは10時半くらいということだったので、むしょうに辛いものが食べたくなったら、会社帰りにも一人でちょっと立ち寄ることもできるかもしれない。ただ、坦々面ほぼ単品で勝負というコンセプトが日暮里でどこまで通じるのか、時々のぞいてみたい店ではある。
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養老孟司「まともな人」(中公新書)から・・・
「われわれは未来をなぜきちんと考えることができないか。根本的には人は変わるからである。変わった自分がなにをどう考えるか、今の自分にはじつはわからない。ガンの告知を考えればわかる。ガンであと数ヶ月の寿命しかないと自分が納得すれば、世界は違って見える。世界が変わったわけではない。自分が変わったのである。
未来に対する予測は、その変わるべき自分をつねに棚に上げる。それが情報化社会なのである。情報は固定して動かない。意識は自分を情報だと規定するつまり俺は俺として本質的には変わらないと信じるのである。そういう情報化社会の人間は、「ああすれば、こうなる」のだからと、たえず未来を予測しようとする。遺憾ながらそこには自分の変化が入っていない。それは当然で、あくまでも「俺は俺」だからである。そんな予測がアテになるわけがない。見方が変われば、つまり統計値をとっている当の自分が変われば、統計値のとり方が違ってしまう。」
自分の体験で思い出すのは、1996年にロスアンゼルスでの仕事が終わり、7年半ぶりに帰国した時のことである。
随分長い間日本を離れていたので、漠然と自分が日本の生活に戻れるかどうかやや不安があったのだが、実感として感じたのは、確かに日本も変わっていたが、それ以上に自分自身が随分変わっていたことがよく分かった。
日本の生活にアジャストできるかどうか、7年半前の日本と自分の関係図を頭に浮かべながらそんなことを考えていたのだが、そういう考え方自体が問題の設定として違っていたということに、帰国してからそう時間のたたない間に気づいたのである。
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街を歩いていて最近感じるのは、木や草花の情報量の多さです。梅雨時ですと紫陽花の花の色の移り変わりや、雨の前後の緑の微妙な変化。そして、黒い肥沃な土から感じる複雑な奥深い味わい。動物とは違ったストレートな自然の営みが感じられるような感覚がします。日本人が古来、森林から何かを感じ取ってきたという実感につながるヒントのようなものがそこにあるような気がするのです。
逆に、草木の少ない都会の無機質な環境に暮すことは、知らず知らずのうちに大事なものを忘れてしまうリスクと隣り合わせなのだと言えるのかもしれません。
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今日は夏至。東京の日の出は4時25分でした。4時すぎには外がうっすらと明るくなり目がさめてしまったので、何気なくラジオを聞いていました。NHKのラジオ深夜便の「心の時代」で、西山進さんという漫画家の方が長崎の被爆体験とその後の人生について話されてました。もう80歳ということでしたが、淡々とした口調で当時の惨状と、その後の人生を語っておられました。
私の世代はかろうじて親が戦争を知っている年代に属していますが、それでも自分自身には実体験がないので、自分がその悲惨さが本当に分かっているかというと、心もとないところです。私自身は両親が広島の出身で、母親は原爆のきのこ雲を見たと言っていました。長崎の原爆、たまたま明け方に聞いたラジオの話でしたが、重い話題でした。
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単に物理的に場所を移動するというだけの話です。それで人の活性化が促進されるのかなかとちょっと思ったという話。
典型的には旅行。体を動かして違う場所に行ってみる。そこまでいかなくてもちょっと街を歩いてみること。歩きながら沈思黙考することもできますし、静かな場所であれば、かえってその方がいい場合もあります。 社会的には、人が移動しやすくするという環境づくりも大事かもしれません。
一方で、その逆の地点として落ち着く場所、心安らぐ場所が必要。通常は家庭と家といったことになるのでしょうか。
まだあまり深く考えていませんが、忘れないうちにちょっとメモしておきます。
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今週末は、いくつか気になっていたこまごまとした買い物をしました。
・革製品の手入れ用クリーム
・金属のさび落とし
・システム手帳専用の穴あけパンチ
・ボールペンの替え芯
・1mほどの木の棒(柔軟体操に
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