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性善説と性悪説

組織の中でコンプライアンスや事務手続に関するイシューについて、「性悪説にたって考えなければいけない」という言い方がよくされます。人は悪い事をするという前提で、それをどう防ぐかを考えなければいけないということです。
このような表現も分かりといえば分かりやすいのですが、性善説・性悪説といったことばを安易にこのような場面で用いていいのかという点では、ちょっと違和感を感じます。
ひるがえって私自身の感覚を言えば、やはり性善説に軸足をおいているような気がします。組織は最後は人と言いますが、どういう仕掛けを作ってもパーフェクトは無く、最後の一線を支えるのは現場の一人一人のモラルです。それぞれの持ち場のモチベーションを高く保つにはどうしたらいいのか。それを考える事が非常に大事だと思います。

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