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アジアの時代

時はまさにアジアの時代だと思います。
しかし、アジアと言っても、具体的にどういった定義で線引きできるのか、そのカテゴリーに実際にどういった国があるのか。単純なことですが、基本に立ち返ってみると、意外に自分自身分かっていないことが分かります。ちょっと自分なりに整理しておかなければと思っています。

問題意識としては、さらに自分なりの昭和史の理解と整理も不可欠だと思っています。先日フィリピンに旅行しましたが、旅先で話をした現地の人との会話でも、だんだん話が進んでいくと、どうしても戦争のことやアメリカの植民地であった時のことが避けて通れません。そこではやはり自分自身の歴史観の軸足がなければきちんとした話ができません。今まで日本史、世界史と学んできたものの、一番大事な「直近100年」といったスパンでの知識、理解が決定的に欠けているのを実感しています。
約100年というのは私なりの考え方ですが、人が実際に生きた人から話を聞けるのは、せいぜい祖父母あたりの年代までということです。その人の価値観はそこからかなりの影響を受けるものだと思います。諸外国の人々も然り。彼らが吹き込まれている考え方のバックグラウンドとなっている約100年前後前までの歴史について、確たる認識を自分で持っておくことは大切なことだと思うのです。

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