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読書

「趣味の欄」に書くことがあまりないので、よく読書とかバイオリンとか音楽鑑賞とか書いています。(娘によると読書なんて趣味の欄に書くなんてサイテーということらしいのですが。)
読書といえば、小学校低学年の時は、家にあった講談社の世界名作文学全集(だったかな)を何度も読んでいた記憶があります。またその頃は学校の図書館にあった伝記物を好んで読んでいました。中学に入ると、翻訳物にどっぷりつかっていました。推理小説も結構読みました。高校から大学にかけては遠藤周作(中学、高校がカトリックのミッションスクールだったので日本人とキリスト教というテーマがいつも頭にありました。)、司馬遼太郎の作品を端から読んでいました。吉川栄治の「三国志」や「宮本武蔵」も何回か読みました。
余談ながら、司馬遼太郎と言えば、一年浪人して受験した大学のひとつである慶応大学法学部の面接で読書の話が出て、司馬遼太郎の「坂の上の雲」が好きで浪人中も読んでましたと言ったところ「浪人生が小説を読んでいる暇があるの?」と聞かれて「あります」と答えたところ、感じが悪かったらしく不合格になった思い出があります。
それはともかく、翻訳物と日本の文学の違いになんとなく気づいてきたのがこのころでした。日本文学を読んでいて「達意の文章」という感覚を何度となく感じることがあったのですが、それが何に起因するものかということがよく分からなかった。
それが、この年になって中国に行って、中国語と日本語の比較を否応なしに考えさせられて、何となくとはいえ、やっと糸口をつかんだという感じがするのです。随分回り道をしたなという感覚。
「漢字と日本人」という視点にもっと前から気づいていれば、日本語についての考え方もより深くなっていたのかなと過去数十年を振り返って思います。

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