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性善説と性悪説

渡部昇一「わたしの人生観・歴史観」より
「性悪説が怖いのは、性悪説がさらなる性悪説を生み、悪循環しやすいということです。性善説はその逆で、好循環を生みやすいという傾向があります。」

「私たちを自己実現させるものは、私たちの内なるもの以外の何ものでもないはずです。自己実現は外からはやってきません。内からの成長しかないのであり、内からの声が基本となるのです。」
「また、生きがいを見失ったように感じている人にとっても、まず『何が自分に鋭い喜びを与えるか』を内省することから始められたらいいと思います。そこに、どこかで置き忘れてきた鍵が見つかるはずです。」
「・・・その葛藤に負けてしまうと、再び自分の価値基準を自分の外にある価値基準に合わせざるを得なくなり、魂が抜けたようになるか、内なる声がくすぶったまま生きなければならなくなるのです。」

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