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2008年3月

伊勢神宮

家内が娘2人と一緒に週末、伊勢神宮に旅行に行ってきましたが、「あたりの空気が違っていた」としきりに感心していました。私自身はまだ行ったことがないので、安易に、法隆寺みたいな感じかと聞くと、「あれは仏教で、外来のもの。伊勢神宮は日本古来のもので、雰囲気が全然違っていた。」と言います。
なるほど、仏教は外来の宗教で、神道は日本独自のものか・・・。知識としては頭にあるのですが、確かに実感としてはあまりよく分かってなかったですねー。私も一回行ってみなければと思いました。まだまだ腑に落ちていないことが沢山あります。

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国を憂う?

この週末は、予定通り丹羽宇一郎の「汗出せ、知恵出せ、もっと働け!」を読んでおきました。講演会のエッセンスを11編集した本で、編集の力もあるかもしれませんが、「まずは社長が・・・」から7年の間に論点が整理されている感じがしました。内容は参考になる点も多く、もう少し考えてみたいと思います。
とは言うものの全体感としては経済界の人が踏み込んだ議論をするのはちょっとつらいなと思うところがいくつかあるなというのが第一印象でした。
例えば「エリートなき国は滅ぶ」という章がありましたが、この論点は昔から様々な人がいろいろな形で言っていることで、私もそうだと思うのですが、経済界の人が言うと、少なくとも私自身はなかなか心にしみるという感じではスッと入ってきません。それが何故かということを考えています。
「まずは社長が・・・」の中で、企業の中でのエリートの育成という会話があり、早い時期から目をつけた人材を育てていくという趣旨で、本人にも「透かし絵」のようにそれとなく分からせるとあります。では、それ以外の人はどうするのかというと、それ以外の人の方が多いのだから大丈夫なんだというようなことを言ってます。
こういった話は、実際の現場で人事の運用に関わっている人が言っていいんだろうかというのが、ちょっと疲れた現役サラリーマンの印象です。
ただ一方で、経済人がこういったことを声高に言わなければいけない程、事態が深刻だという面はあるのかもしれませんね。その辺、いろいろな点で考える糸口になりそうです。という意味では面白かったと言っていいかもしれません。
孫子の世代に「負の遺産」財政赤字を残すなというのは、全くそのとおりです。

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舎人ライナー

ポストが壊れたので、西新井のDOITまで延々と歩いて買い物に行きました。隅田川を越え、荒川を越えたところで、橋の上を見慣れぬ電車が走っていました。考えてみると、舎人ライナーが本日開業日なのを思い出しましたが、どこをどう走っているのか、よく考えたことがないので、意外な気がしました。ちなみに、時々会社の帰りに日暮里から歩いて帰宅するのですが、いつも駅前のバスターミナルで長蛇の列ができているのは舎人行きのバスなので、ニーズはかなりあるのかもしれません。
結局ポストは適当なものが無く買えず、帰りはさすがにくたびれて歩く気にならなかったので、物は試しに舎人ライナーに日暮里まで乗ってみました。乗り心地は、ゆりかもめに似た感じです。高架を走るので、普段見慣れた風景もちょっと角度が違って見えるのはちょっと面白かったです。車体が小さいので、通勤時にはかなり混みあって窮屈なのではないかと思いました。値段も、もう少し安くしてもらいたいものですね。ちなみに、乗ったのは中間地点の高野という駅からで、日暮里まで270円でした。全線乗ると320円。
日暮里で降りて、いつもの散歩コースの谷中を回り、降り始めた小雨の中帰宅しました。気温も下がってきました。天気予報では、この雨で桜の開花も少し遅くなるのだとか。

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(荒川を行く舎人ライナー)


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(谷中銀座)

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バカルディー

久し振りにバカルディーのラムを買ってきました。久し振りというのは理由があって、以前ロスアンゼルスで仕事をしていた時、痛い目にあったことがあるからです。
その日は同僚とメチャ飲みをして、最後にバカルディーのブラックという代物をストレートでビールをチェーサーにして飲み、しこたま酔っ払ったのですが(車で通勤していましたが、あの日はどうしたのかよく覚えていません)、次の日の朝起きてみると、二日酔いもさることながら、目が開かないのでビックリ。目やにがガンガン出てとまらないのです。戦後、メチルアルコールを酒の代わりに飲んで失明した人がいたと聞いたことがありますが、さもありなんという感じで、お客さんのところに行っても仕事にならず困りました。それ以来ラムからは遠ざかっていたので、もう10年以上になりますが、ふと思い立って購入してきました。久々に独特のラムの甘い香りが懐かしく、なかなかいいじゃないかと悦にいってます。タンカレーの気分でない時は、飲みすぎないようにチビチビやりたいと思います。

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お得

以前子供が区立の小学校に通っていた時、夏休み前にいくつか連絡事項のプリントを学校から持たされ、その中に「知ってお得な図書室ニュース」なるものがありました。内容はよく覚えていないのですが、図書室が使える日とか新しく入った本とかの連絡だったと思います。気になったのは、「お得」という言葉です。書いた先生は、目をひくように、スーパーマーケットの大安売りの新聞折込広告のような感覚でこういった表現をしたのでしょう。しかし「得にならないと思ってもやらなければいけないこともある」ということを教える数少ない場の一つが学校なんじゃないかと考えると、このイージーさはかなり気になりました。

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新銀行東京#2

新銀行東京への追加出資が決ってしまいました。考えてみると自分も都民ですので、都税を使う追加出資はかなわないですね。問題先送りして、破綻した時には今の関係者は誰もいないということになるでしょう。石原都知事は「極めて分かりやすい」失策をしたものです。

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上野公園

上野公園にお花見に行ってきました。天気も爽やかな週末、桜は満開という絶好の日和でしたが、人が多い!中国語があちこちで飛び交っているのにも驚きました。

ちなみに、上野公園はもとは寛永寺の土地だったそうです。寛永時は天台宗の関東総本山、徳川将軍家の祈祷所・菩提寺で、山の手線鶯谷の裏手に広がる墓地には、徳川歴代将軍15人のうち6人が眠っているそうです。ただし、慶応4年(1868年)に戊辰戦争における彰義隊と旧幕府軍の戦い(上野戦争)で主要な伽藍を焼失してしまったということです。

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企業は誰のものか

前記の本で伊丹氏が水谷三公氏の次のような見解を紹介しています。

(要約)江戸時代の日本とイギリスにおける政治権力と土地の所有の関係
→イギリスでは、土地所有=政治権力所有、日本では大名が土地の所有者ではなくなってしまった。百姓が土地の所有者で大名はその管理者。
すなわち、アングロサクソンは、土地を所有するとその土地に関わって生活している人たちの運命を左右できる権力が発生するという伝統を一千年にわたって持ってきた。このことを株式に置き換えてみると、株式という財産権の象徴を持っていれば、その財産に附属している人達の運命を左右しても仕方がないということになる。
(以下伊丹氏意見)そうしてみると、日本という国は封建制度(土地という財産を所有しているということが、政治権力のベースになる制度)というものから四百年も昔に抜け出したといえる。日本人は、企業は誰のものかと問われた場合、株式会社制度のもとだから建前では株主と答えるだろうけれど、内心では働いている人間だと考えていると思う。

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桜が満開

東京の桜はほぼ満開になりました。今日はあいにくの曇り空、時々小雨もパラつきましたが、明日の土曜はどうでしょうか。天気が持ち直したら近くに花見に行ってみようと思います。年々、桜のよさを感じる歳になってきました。ロスアンゼルスではこの季節、桜に似たジャカランタという青っぽい花が咲き、毎年日本をなつかしんでいたことを思い出しました。


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荒川自然公園

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丹羽宇一郎氏

丹羽宇一郎氏と伊丹敬之氏の対談「まずは社長がやめなさい」を読みました。丹羽氏は伊藤忠会長で「汗出せ、知恵出せ、もっと働け!」が最新の著作でしょうか。
対談の方は、お二人のキャラクターの違いが際立っており、そこが面白いところでした。共感する論点も多かったですが、ハテナと思う部分も結構ありましたね。
丹羽氏は大商社のリーダーとして元気一杯、特にアメリカの影響を相当受けた方のようにお見受けします。かげりのない舌鋒鋭い経営者という感じです。伊丹氏の深い洞察と長年の思索に基づく発言と対象的です。丹羽氏の配下の伊藤忠の人はさぞかし大変だろうなと人ごとながら思います。世の中100%元気の人だけじゃないようですから。
「汗出せ・・・」の方も週末用に購入してあるので、読んでみます。

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三月二十六日

3月26日は、個人的には過去いろいろなイベントがあった日です。町屋の家に引っ越してきたのが7年前の3 月26日。上海転勤の通知を受けたのがその次の年の同じ日。日本に帰って末娘の学校の受験日がまた同じ日でした。春はいろいろ動きの多い季節です。

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居心地はいいが

2006年10月30日に上海から帰国し、もうすぐ1年半近くなろうとしています。
上海に駐在していた4年半の間、自分としては結構仕事をしてきたと思っていたのですが、特に帰国直前の2ヶ月は本当にハードな日々になってしまい(2時間睡眠が10日くらい続いた時があり、立っているのもつらいくらい、体を横にできることがこれほどありがたいのかと思いました)、心身ともにヘトヘトになって日本に帰りました。そういう意味では日本に帰ることができて本当にホッとしました。言葉はほぼ100%分かるし、清潔で食べ物はおいしい。
ただ一方で、最近少し落ち着いてきて思うのは、「ちょっと日本は自分にとって居心地が変に良すぎるんじゃないか」ということです。妙な事件も結構おこっているし、政治はガタガタなのに、なんとなく暮らしていける微妙な生ぬるい状態。何か口を開くとオフサイドトラップにはまってしまうような気持ちの悪い危うさも感じます。

もっとストレートにとんがっていこうぜ!これは本来の自分の生活じゃないぞ!と自問自答していないと、自分自身のモチベーションが下がってしまいそうな気がします。外国ボケですかね。

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インディージョーンズ

インディージョーンズのシリーズは、それほど好きな映画ではないのだが、ワンシーンだけ妙に印象に残っている場面がある。何番目の映画だったかも忘れてしまったが、アラブ風?(違うかも)の黒装束の大男が古めかしい刀をふりかざしてすごい気合でインディアナジョーンズの背後から切りかかろうとするところを、振り向きざまに拳銃の一発で倒して涼しい顔で立ち去るという2秒ほどのシーンだが、私の頭の中では、「時代錯誤」という言葉とリンクして、この手のことを考える時に、いつも何故か頭に浮かんできてしまうのだ。

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推敲

娘の高校で年に一度校内誌を発行しているのですが、家内が編集のお手伝いの一人となり、編集後記を書くことになりました。400字程度の簡単な文章で、ワードで書いたものを何回か読み直して印刷所にお渡ししておいたのですが、「先生方の暖かいご指導」と書いていたところを、「温かい」と直しますとのこと。なるほどなと思いました。さすが餅は餅屋と言うべきか。言葉を大事にしなければいけないなと思いました。

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表と裏その2

07.11.25に「表と裏」の題で数行記録しましたが、読み返してみると、事はもう少し複雑なのかもしれないなという気もします。確かに「日本人は恥じらいを忘れただけでなく、裏を表に引きずり出して面白がりすぎた」という面は、そうなんだろうなと思いますが、その反面で、逆に心の深部への踏み込みは希薄になっている、あるいは病的になっているんじゃないかというような気もします。そこが更に気味の悪い気もします。一方で、自分自身がそういうことを考える年代になってきたのかなとも考えたりしています。

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ホルスター

一昔前のアメリカ映画で、拳銃を肩につるホルスターをよく見かけましたが、旅行等で物入れとしてこういったものがあったら手ぶらで便利だなと以前から思っていました。
最近、通信販売のカタログでいくつか同様なコンセプトの物があったので、面白いなと思って見ています。もう少し練れてきたら、一つ試してみたいものだと思います。と言っても、上着を脱ぐと格好悪いので、ポケットの多いジャケットを着ればいいというだけの話かもしれません。
いずれにせよ、よくできたカタログというのはいろいろな発想を見ることができるという意味で結構面白いものです。

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浅田次郎談

「小説は芸術作品です。どんな分野の芸術にもいえることですが、わかりやすくない作品は、一流の芸術ではありません。解説を必要とするような作品は二流です。芸術の値打ちは『わかりやすく美しい』これに尽きます。」
(時間軸、あるいは地域性を入れて考えると、昔の芸術、異文化の芸術はやはり解説が必要な部分、場合もあると思います。)
「・・今の日本は、若い世代が贅沢して、人生を極めたお年寄りが倹約しているように見える。これは文化国家としてよくない。若いうちは社会をよく見て勉強し、人生が見えてくる40代になったら少しずつお金を使い始め、50代から自分のために散財し、使い果たして死んでゆくのが僕の理想です。これが正しい社会のあり方だと思うんです。」

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ほったらかし温泉

春分の日(3/20、木曜)にバスで山梨の温泉に行ってきました。ほったらかし温泉という名前で、海抜700m.。「あっちの湯」と「こっちの湯」という2ヵ所の温泉があり、甲府盆地を見下ろす露天風呂が気持ちいい所でした。朝から雨のあいにくの天気でしたが、温泉に入った時だけ雨がやみました。晴れていれば前方に富士山が見えることで有名だそうです。温泉からあがって、甲府盆地を眺めながら七賢という地酒のワンカップをグイッと飲めば陶然とした気分です。昼時だったのですが、かなり年配のおじいさんが一人、屋外のベンチに座り、同じワンカップのお酒を傍らにお弁当を食べていたのが印象的でした。

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世代間格差

本棚を整理していたら、大前研一の「50代の選択」が出てきたのでパラパラと読み返してみました。この本、著者にしては相当荒っぽい代物で、1回読んで放っておいたものですが、世代間格差に関する記述でふと思ったことがあります。
30代、40台、50代といった言い方をしてはいますが、話を整理すると、バブルの頃に住宅を買った世代と、その下の世代、上の世代といった大きく3つの世代を意識しているように見えます。ただ、それも結構大雑把で、あまり切れ味がよくありません。若い世代を「少年ジャンプ世代」と称して、小さな幸せに満足することに慣らされ、現状に反発しないことを憂えています。親元でフリーターをやっていれば食べていけるし、大きな夢を持たないように型にはめられている。既得権を持つお年寄りだけが投票に行くので、社会は全然変わっていかないといった筋立てですが、ちょっと荒っぽいかなという気もします。(子供が親元を離れないで、経済的に依存するというのも、ある意味偏在する富のささやかな分配なのかもしれませんし。)現在経済的に恵まれている世代の富が、時間軸を入れると、今後どうなっていくのかという点にちょっと興味があります。国の借金を子供の世代に回さないように、年寄りが覚悟を決めるのか。もう少しマシな仕組みで借金地獄を切り抜けることができるのかどうか。ただ、根本的には国の活力を増すというのが基本だと思いますので、その観点の議論がやはり大事になってくると思います。一言で言うと「プラス思考」でしょうか。「上を向いて歩こう」でもいいです。やはりポジティブな見方、物の考え方をしていくことが大切かもしれません。この辺、自分自身の生活を振り返っても反省の多いところ。もう少し考えてみたい点です。

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卵の黄身

今日の読売新聞で読みましたが、鶏の卵の黄身の色は、飼料に混ぜた添加物で調整しているんだそうですね。農家に好みの色を聞いて飼料を売るんだそうです。
中国から日本に帰国した時、色がよく、ペチャっとひしゃげてないので、やはり日本はいいなあ等と言いながら卵ご飯にしたり納豆に混ぜて食べているのですが、そういうこととは知りませんでした。皆さんご存知なんですかねえ。何か変ですねえ。

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お地蔵さん その2

Wikipediaより地蔵菩薩の解説の一部・・・

幼い子供が親より先に世を去ると、親を悲しませ親孝行の功徳も積んでいないことから、三途の川を渡れず賽の河原で鬼のいじめに遭いながら石の塔婆作りを永遠に続けなければならないとされ、(地蔵菩薩が)賽の河原に率先して足を運んでは鬼から子供達を守ってやり、仏法や経文を聞かせて徳を与え、成仏への道を開いていく逸話は有名である。

このように、地蔵菩薩は最も弱い立場の人々を最優先で救済する菩薩である事から、古来より絶大な信仰の対象となった。

また後年になると、地蔵菩薩の足下には餓鬼界への入口が開いているとする説が広く説かれるようになる。地蔵菩薩像に水を注ぐと、地下で永い苦しみに喘ぐ餓鬼の口にその水が入る。

仏教上における餓鬼は、生前嘘を他言した罪で燃える舌を持っており、口に入れた飲食物は炎を上げて燃え尽き飲み食いすることは出来ないが、地蔵菩薩 の慈悲を通した水は餓鬼の喉にも届き、暫くの間苦しみがとぎれると言われている(その間に供養を捧げたり得の高い経文を聞かせたりして成仏を願うのが施餓鬼の法要の一端でもある)。 これは六道全てに隔てなく慈悲を注ぐと言われる地蔵菩薩の功徳を表す説であり、施餓鬼法要と地蔵菩薩は深い関係として成立していった。

仏教のこういった話は通常あまり接することがありませんので、興味を惹かれました。

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小牧温泉

「はやて」7号上野8時28分発で八戸に行き、少し足を伸ばして三沢の小牧温泉につかって、夕方また新幹線で上野に戻りました。
小牧温泉は2回目でしたが、ゆったりとしたいいお湯で、日帰りながらリフレッシュしました。はやては開業5周年ということですが、やはり新幹線は快適です。飛行機に比べると、荷物チェックも無いし楽です。青森はいいですね。
それにしても、上野の新幹線ホームでは、ひっきりなしに列車が出入りしているので驚きました。日本の交通インフラはすごいものです。

これで運賃が安かったら、人の移動も活発になるんだろうなと思います。電車に限らずバスや地下鉄、高速道路の料金等々。

(ちなみに下の写真は、「はやて」ではありません。)

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落ち着かない土曜日

先週は結構仕事が遅くなったので、土曜の今日はぐったりしていました。急ぎの仕事がまだ残っているのですが、なんとなくやる気にならずもう夜になってしまいました。落ち着かない土曜日です。
明日は八戸に遊びに行こうとしているので、月曜はバタバタになるんだろうなあと思いつつ、もう寝ようとしてます。とは言うものの、今日は朝のうちにいくつか大事な庶務事項をすませ、午後1時間昼寝。その後散歩にでかけ、日暮里~千駄木を徘徊。いつものとおりコシヅカハムでベリーハムを買って帰宅(3月20日から値上げとのこと)。その後ジムに行きました。まあそこそこの一日であったと自ら言い聞かせている午後10時。やれやれ。

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お地蔵さん

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自宅近くのお地蔵さんです。いつもきれいにしてあり、花がかざってあります。誰が手入れをしてくれているんでしょうか。

(Wikipediaより)

地蔵菩薩 (じぞうぼさつ)、梵名クシティ・ガルバは、仏教の信仰対象である菩薩の一尊。クシティは「大地」、ガルバは「胎内」「子宮」の意味で、意訳して「地蔵」と言う。また持地、妙憧、無辺心とも訳される。

大地が全ての命を育む力を蔵するように、苦悩の人々をその無限の大慈悲の心で包みこみ、救う所から名付けられたとされる。一般的には「子供の守り神」として信じられており、よく子供がよろこぶお菓子が供えられている。 

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いじめ

「いじめのない社会とは、それぞれが尊敬される社会であり、人々の努力が他人との競争に向かうよりも自分自身の可能性や限界に向かう社会である。」
                             (1996.11.10日経記事、野田正彰氏)

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全英オープン

新聞のスクラップをパラパラとめくっていたら、1999年7月19日(月)の切り抜きがあった。The Openことゴルフの全英オープン最終日の結果だ。イギリスのローリーという選手が優勝している。この時2日間首位を走っていたバンデベルデというフランスの選手が18番でクリークに打ち込んでトリプルボギーとなり、最終日10打差スタートのローリー選手とプレーオフに突入し、敗れている。インタビューへのバンデベルデ選手の言葉が印象的だ。「がっかりしているが・・・。でもけさの新聞にはもっとひどいニュースがたくさんある。負けたといってもスポーツだから。」
さえわたったコメントです。

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ブログを本にすると

このブログに書いた文章が300になったところで1冊だけの本にしてみました。結構費用がかかるのでちょっと逡巡しましたが、先ほど手もとに届いたものを見てみると、これは意外にいいですね。私の場合、手書きの日記だとなかなかまとまった事を書くのもおっくうで、つい日付がとんでしまい、そのうちお蔵入りというのが常でした。後から見返しても、記入していない日が多い日記帳というのも白々としてさえないものです。
それに比べると、ブログへの書き込みは楽ですし、本にしたものはパソコンを立ち上げなくても見ることができ便利。目次を見たり、パラパラとななめ読みするだけで、忘れていた事柄を思い出したりして、考えていたよりも楽しめそうです。

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一日一万歩

健康のために一日一万歩以上歩くといいとよく言われています。一歩の歩幅が仮に80センチくらいだとすると約8km.ということになります。時間にして1時間程度でしょうか。一万歩というと抽象的で分かりにくいですが、このように換算してみると、かなり意識的にやらないと達成できないことがわかります。

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疲れない生き方

谷沢永一の「疲れない生き方」の冒頭に、年長者のいうことを鵜呑みにする必要はない(というよりも信じなくていい)という趣旨のことが書いてある。自分の経験を振り返っても、年をとるにつれ、その感は強くなっている気もする。
が、一方で確かに自分を育ててくれた人がいた、あるいはいるという実感も強い。ここでも0か1か、白か黒かという議論はなりたたない。亡くなった人も含め、何歳になっても、その背中を追いかけているという人がやはりいる。一方で、さも常識のように言われていても、「何か違うな、間違っているな」と感じていたことの多くが「やはり違っていたんだ」と思うこともよくある。その辺の多様性がまた面白いと言えなくもない。

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上村選手W杯種目別優勝

上村愛子選手がW杯4連勝を果たし、モーグルでは日本選手初の種目別優勝を決めました。トリノ五輪で五位に終った時、「どうやったらメダルに届くんでしょう」とコメントしていたのが印象的でしたが、ついにモーグルの頂点に上り詰めました。立派です。

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調査捕鯨船への襲撃

環境保護団体「シー・シェパード」が日本の調査捕鯨船に対し、妨害活動を行い負傷者が出た。団体は活動拠点をオーストラリア置いているが、オーストラリアの外相は声明を出し、妨害活動をあらためて非難するとともに、団体と日本側双方に対して自制を呼びかけた。
ということだそうですが、ちょっと調べてみると、オーストラリア政府自身が日本の捕鯨に関して従来から強硬に抗議しているんですね。日本のオーストラリア大使館のホームページにも日本の捕鯨に関する反対記事がのっています。この事件も、取り締まる気はさらさらないのでしょう。(本音は「よくやった。もっとやれ。」というところか。)ニュースで報道されている襲撃船の船長も下品な人間のようです。
オーストラリアはシドニーに行ったことがあるだけですが、好感を持っていました。こういうビヘービアを見ると、あい変わらずの国という感じで残念です。

一方日本の捕鯨についての実態をよく理解していないので、少し調べてみたい問題ではあります。

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名古屋国際女子マラソン

今日は名古屋国際女子マラソンが開催され、女子マラソンの北京代表の3人目が実質的に決ります。高橋尚子選手も出場、他の有力選手との勝負に注目しています。

高橋選手は、「夢をあきらめなければ、かなうんだということが伝えられるレースをしたい」というコメントを残していますが、「かなわぬ夢もある」ということを、物心つくにつれて思いしらされるのがこの世の常ですから、この言い方は相当危険な賭けですね。自分自身に言い聞かせているコメントということでしょうか。
ちなみに個人的には大南選手を応援してます。優勝はきついでしょうが、がんばってほしいです。

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米大統領選

クリントン氏対オバマ氏のニュースが連日大きく報道されています。タイム誌でも同様ですが、何かこの二人の対決があたかも大統領選のような騒ぎです。最終的に共和党の大統領という可能性もあると思いますが、二党対決の騒動は、まずは民主党の代表が決着してからということなんでしょうか。息の長いイベントで、いろんな意味で相当お金も動いていそうです。

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毒入りギョーザ事件

この事件、このままマスコミのニュースからはフェードアウトすると思われます。

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手書き

以前上海で仕事をしていた時、現地のスタッフに業務上の簡単なテストを実施したことがありました。3問だけで5分くらいでできるものだったのですが、手書きで提出してもらって採点してみると、考えていなかった収穫がありました。
100名ほどの回答をながめてみると、普段あまり接触のない人が意外にしっかり物を考えていたりするのに気づきました。また、手書きの文字から、実に多くの情報を得られるのに驚きました。字は人をあらわすというのでしょうか、のびのびと力強い字もあれば、几帳面に細かく並んでいる字もあります。内容もさることながら、字の書き方で人となりが随分見えてきます。
このことに気づいたのが私自身の最大の成果だったのですが、考えてみると、手書きで物を書くというのは殆ど機会がなくなっている現在、その部分もバーチャルな世界になっていているんだなと改めて考えさせられました。

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小浜市とオバマ氏

Nikkei Netの記事から・・・

「小浜市にオバマ氏から礼状・熱烈支援に感謝
思いが届いた!――。米大統領選の民主党候補オバマ氏から、福井県小浜市の村上利夫市長あてに手紙が届いた。同市はオバマ氏と同じ読みの縁から同氏に激励の親書などを送っており、手紙には感謝の言葉などがつづられていた。・・・」

以前、タマちゃんでしたっけ、アザラシだったと思いますが、鶴見川に現れた時、横浜市より住民票を与えられ、西区民となったのを彷彿させます。登録氏名は西玉夫。これに関して、在日外国人が「動物を住民登録するのなら私たち人間にこそ住民票をくれ」と抗議したそうですが、似たりよったりの地方自治体の売名行為。

アメリカの政治家としてのオバマ氏をどこまで知った上でこのようなことをするのか理解に苦しみます。ジョークとしてもセンス悪すぎです。外国メディアにも報じられたとありますが、かなり恥ずかしい。「思いが届いた!」というのは市長が言ったのか。気味の悪い無邪気さです。

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歩く

今日はテクテクと上野駅まで歩いてみました。3月に日帰り旅行をしようと思い、上野駅のビュープラザで電車の手配をしてきました。
地図を持たずに歩いたので、明治通りから昭和通り沿いにちょっと遠回りしましたが、1時間くらいで到着。あいにくビュープラザがすごく混んでいて、30分以上待ちましたが、席に座って文庫本を読みながら、いい休憩になりました。受付してくれた人が寺泊を「てらはく」と言うので??と思いつつ手続きを済ませ、帰りは電車で帰りました。夕方町屋のNASでもう一度体を動かして、久々によく運動した一日でした。
私の年代だとゴルフをやる人も多いのですが、私自身は以前からあまりやらない方で、道具を上海から帰国する時に全部捨ててしまったので、今は全くやっていません。ゴルフは年寄りのスポーツだなんて思っていましたが、今や自分も「年寄り」の部類に入っているので、そのうちまた始めてもいいななんて考えています。と言っても、ゴルフに時間、金をかけるのなら、他にやりたいこともいろいろありますので、当分は手がまわりそうにありません。ただ、やはり「よく歩く」ことは体力維持の基礎ですね。一日一万歩!日常生活の組み立てをちょっと変えねば!

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花粉症

今年もスギの花粉が飛び始めました。天気予報などで花粉の飛散状況も予報しているので、風向きや強さで予想するのかと思っていましたが、花粉の量を測る機械があるというので驚きました。外気を取り込んで、横からレーザーをあてると、丸い花粉と不定形なゴミでは反射角が違うことを応用して、一定量の空気に含まれる花粉の量を測定できるのだそうです。いろいろなところでいろいろな人がいろいろなことを考えているものだと感心します。

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代理出産

テレビを見ていたら、代理出産した人のインタビューを流していました。

生まれつき子宮を持たない女性の母親(58歳)が娘の代理出産をしたという内容で、母親と娘夫婦が取材に応じ、親子とも「子供が生まれてよかった」という話をしていました。番組では、一方で日本の法律は代理出産禁止に動いているという事実を伝え、ゲスト出演していた星野仙一が、「こういうケースでは自己責任で対応できる余地を残した方がいい」とコメントし、出演者は皆うなずいていました。

このような重い事柄には私自身何も言えませんが、「自己責任」という言葉について少し考えさせられました。生まれた子供がそのうちに自分が実の母親ではなく、祖母から生まれたということを認識した時、どういう心理になるのか予想がつきません。生まれてきた子供に対し、両親と祖母が責任という言葉で何かできるのか。このようなケースに「自己責任」という言葉が使えるのかどうか。両親と祖母自身の気持ちが、この先ずっと今の気持ちと変わらないと誰が言えるのか。・・・分からないことだらけです。

かつてダン・ラザーだったか、「この話題(肝心の話題が何だったか忘れましたが)はテレビで取り扱うには重過ぎる」という趣旨のことを言ったとか言わなかったとか聞いたことがありますが、この問題もテレビで安易に伝えられる事柄ではないなと感じました。

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福州路

寺田寅彦随筆集に旅日記からという一節があり、最初がシャンハイになっている。中に「福州路の芝居を見に行った」とあり、懐かしい思いがした。帰りに「四馬路という道を歩く。」とある。福州路は、上海の人民広場に通じる東西の道路の一つで、上海歴史マップ(大修館書店)によると、「上海開港以前からあった細道を租界当局が整備して1864年に完成したもので、南京路から数えて南に四番目の通りであることから四馬路(スマロ)と通称、南京路に次ぐにぎやかな通りになる。」とある。「河南路以東は、官庁、オフィス街。福建路までは書店、文具店の集まる文化街を京成。さらに西に向かうと、かつては茶館、劇場、妓楼などが軒を連ねる遊興の巷として名高い界隈となっていた。」そうだ。
現在の福州路は、華やかさでは徐家汇や淮海路には遠く及ばないものの、当時の面影を色濃く残した味わい深い一角となっている。上海書城という上海最大の書店や、外文書院という、外国の本の専門店等があり、私自身も度々出かけたものだ。文房具店も多く、特に書道の筆や硯、紙を探すにはこの一帯が便利だ。
寺田寅彦は福州路と四馬路を別の道路のように書いているように読めるが、四馬路と通称されていた地域は、より狭い区間だったのだろうか。あるいは同じ道を指すことを旅行者の寅彦は知らなかったのか。

Dsc01529_2( 外文書院の窓から福州路をはさんで向かいのビルに写る風景を撮影。窓に小さく私自身が写っています。)

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この十年

以前、自殺者数の推移から「日本の二千年問題」ということを考えたことがあるが、文芸春秋二月号で坪内祐三氏が深夜タクシーを待つ人、特に新宿あたりのマナーの悪さについて、「その光景を目にすると私は、あの頃(バブル時)までは、それでも、日本人はまだましだったのだな、と思う。この十年ぐらいで何かのたががはずれてしまったのだろう。」と書いている。
日本におけるこの十年というのは、興味深い時間だと思う。インターネット、携帯電話の爆発的な普及がすぐに頭に浮かぶ。日本のインターネット元年は1995年とよくいわれるが、ほぼピッタリと時期が重なっている。バブルの崩壊と、IT技術の急速な発展、それらを基盤とした様々な現象が複雑にからみあって日本は大きく変質したに違いない。この期間、日本と世界で何が起こっていたのかを仔細に点検したならば、おそらく現在の問題の骨組みが見えてくるに違いない。

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