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2008年6月

疲れた

 先週は仕事が忙しく、疲れが週末にどっと出てしまいました。パソコンを見ていても吐き気がするような感じがしたので、ブログへの書き込みも全くする気がしませんでした。そのまま一日終ってしまいそうだったので、これではいかんとジムに行って少し体を動かしたものの、夜は9時には寝てしまいました。今日は月曜。とりあえず何とかしのぎました。まあ年を考えると、昔のようにはいきませんね。やれやれ。

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チカラビトの国

 乃南アサの「チカラビトの国」(毎日新聞社)を読みました。この人、何年か前に新聞のインタビュー記事を読んで気になっていたのですが、相撲について本を書いていたとは。
 それにしても、知っていそうで全然知らない各界の話題が読みやすい文章で紹介してあり、面白かったです。大相撲は2回見に行ったことがありますが、視点を変えて、また見に行ってみたい気がしました。

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坦々面

 日暮里駅前に新しくできたビルの3階に坦々面の店が開店していた。「匠味」という店。メニューをのぞくと、看板の坦々面900円を筆頭に、黒胡麻坦々面等、その系列の品がいくつか並んでいる。自動販売機で券を買って、十席くらいの吉野家風のカウンター席で食べるようになっている。ちょっと食べるには値段はそこそこ高めの設定。更に四川料理の、それも坦々面だけの店というのもユニークではある。(しかしながら、帰ってインターネットで坦々面を検索してみると、おすすめ店のリストがのっていて、山ほど店が出ていたのには驚いた。結構好きな人が多いのかもしれない。)
 上海にいた時に、South Beautyという四川料理店があり、最後にいつも小さいおわんで坦々面をたのんでいたのだが、それは今でも時々また食べたくなる料理の一つだ。確かに坦々面だけを単品で食べようと思うと、普通は中華料理屋に行くのだろうか。となると一人で入るのはやや気がひける。そう考えてみると、坦々面が好きな人にとっては、こういった店はありがたいかもしれない。ラストオーダーは10時半くらいということだったので、むしょうに辛いものが食べたくなったら、会社帰りにも一人でちょっと立ち寄ることもできるかもしれない。ただ、坦々面ほぼ単品で勝負というコンセプトが日暮里でどこまで通じるのか、時々のぞいてみたい店ではある。

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今日の自分と明日の自分

養老孟司「まともな人」(中公新書)から・・・
 「われわれは未来をなぜきちんと考えることができないか。根本的には人は変わるからである。変わった自分がなにをどう考えるか、今の自分にはじつはわからない。ガンの告知を考えればわかる。ガンであと数ヶ月の寿命しかないと自分が納得すれば、世界は違って見える。世界が変わったわけではない。自分が変わったのである。
 未来に対する予測は、その変わるべき自分をつねに棚に上げる。それが情報化社会なのである。情報は固定して動かない。意識は自分を情報だと規定するつまり俺は俺として本質的には変わらないと信じるのである。そういう情報化社会の人間は、「ああすれば、こうなる」のだからと、たえず未来を予測しようとする。遺憾ながらそこには自分の変化が入っていない。それは当然で、あくまでも「俺は俺」だからである。そんな予測がアテになるわけがない。見方が変われば、つまり統計値をとっている当の自分が変われば、統計値のとり方が違ってしまう。」
 自分の体験で思い出すのは、1996年にロスアンゼルスでの仕事が終わり、7年半ぶりに帰国した時のことである。
 随分長い間日本を離れていたので、漠然と自分が日本の生活に戻れるかどうかやや不安があったのだが、実感として感じたのは、確かに日本も変わっていたが、それ以上に自分自身が随分変わっていたことがよく分かった。
 日本の生活にアジャストできるかどうか、7年半前の日本と自分の関係図を頭に浮かべながらそんなことを考えていたのだが、そういう考え方自体が問題の設定として違っていたということに、帰国してからそう時間のたたない間に気づいたのである。

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情報量

 街を歩いていて最近感じるのは、木や草花の情報量の多さです。梅雨時ですと紫陽花の花の色の移り変わりや、雨の前後の緑の微妙な変化。そして、黒い肥沃な土から感じる複雑な奥深い味わい。動物とは違ったストレートな自然の営みが感じられるような感覚がします。日本人が古来、森林から何かを感じ取ってきたという実感につながるヒントのようなものがそこにあるような気がするのです。
 逆に、草木の少ない都会の無機質な環境に暮すことは、知らず知らずのうちに大事なものを忘れてしまうリスクと隣り合わせなのだと言えるのかもしれません。

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夏至

 今日は夏至。東京の日の出は4時25分でした。4時すぎには外がうっすらと明るくなり目がさめてしまったので、何気なくラジオを聞いていました。NHKのラジオ深夜便の「心の時代」で、西山進さんという漫画家の方が長崎の被爆体験とその後の人生について話されてました。もう80歳ということでしたが、淡々とした口調で当時の惨状と、その後の人生を語っておられました。
 私の世代はかろうじて親が戦争を知っている年代に属していますが、それでも自分自身には実体験がないので、自分がその悲惨さが本当に分かっているかというと、心もとないところです。私自身は両親が広島の出身で、母親は原爆のきのこ雲を見たと言っていました。長崎の原爆、たまたま明け方に聞いたラジオの話でしたが、重い話題でした。

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人を動かす

 単に物理的に場所を移動するというだけの話です。それで人の活性化が促進されるのかなかとちょっと思ったという話。
 典型的には旅行。体を動かして違う場所に行ってみる。そこまでいかなくてもちょっと街を歩いてみること。歩きながら沈思黙考することもできますし、静かな場所であれば、かえってその方がいい場合もあります。 社会的には、人が移動しやすくするという環境づくりも大事かもしれません。
 一方で、その逆の地点として落ち着く場所、心安らぐ場所が必要。通常は家庭と家といったことになるのでしょうか。
 まだあまり深く考えていませんが、忘れないうちにちょっとメモしておきます。

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買い物

今週末は、いくつか気になっていたこまごまとした買い物をしました。

・革製品の手入れ用クリーム
・金属のさび落とし
・システム手帳専用の穴あけパンチ
・ボールペンの替え芯
・1mほどの木の棒(柔軟体操に使う) 等

 あと、通勤用のカバンをインターネットでオーダーしてみました。レジャープロダクツという会社が作っているManhattan Passage、Zero Gravityシリーズのトール3wayブリーフケースというもので、縦型カバンの背負えるタイプのものです。
 最近、歩くのに便利なように、デイパックのように背負えるもので、仕事用に使えるスマートなものを探していたのですが、なかなか見つかりませんでした。たまたま先週金曜夜の帰宅時に、日暮里駅のエスカレーターですれ違った女の人がカッコいい黒のバッグ背負っていたので、一瞬でしたがしっかり覚えておいて、帰宅してインターネットで探しまくったところ、ようやく見つけました。オーダーしたのは、さらに小さい型の製品ですが、これはちょっと楽しみにしています。

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池袋駅周辺

 子供の英検受験会場が池袋の立教大学となり、久し振りに池袋に行ってきました。朝10時前で人もさほど多くありませんでしたが、相変わらず駅とその周辺はゴミゴミしていました(他の山の手線の駅に比べても、実際にゴミが多いと思います)。駅の地下は天井がかなり低い所が多く、圧迫感がありますね。私自身はこの辺は普段行動範囲ではないので、歩き慣れないこともあり、ちょっと疲れました。この周辺は、ちょっと気温も他に比べて高いような気がしてしまいます。
 先週の秋葉原の事件があったので、1999年に池袋東急ハンズ前で発生した通り魔事件を思い出してしまいました。
 帰りに千駄木のコシヅカハムによったら、社員旅行でお休みでした。ここまで来て手ぶらもないなと思い、谷中の福丸饅頭で10円黒糖まんじゅうを買って帰りました。梅雨の合間のいい日和で、今日はちょっとゆっくりしています。

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走る

 昨日、町屋のNASでランニングをしていた際に、少しいつもと違う感覚がありました。これまでは、どちらかと言うと呼吸を数えながら走っていたのですが、足の運びの方を意識しながら走ってみると、楽な感じがしました。呼吸の方は心臓の動きに合わせて自然にはいたり吸ったりするようにして、時々不規則な呼吸をしていないかを意識する程度にしました。
 言い換えると、呼吸から入るのではなく、フォームをくずさないように、体全体のバランスに意識をもっていった方が具合がよさそうだということのですが、次回もそれで試してみようと思います。

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上海のタクシー

 上海で暮らしていた時、よくタクシーを使っていました。地下鉄も少しずつ整備されていますが、まだカバーしている地域が限られており、私の住んでいたアパートの近くには駅がありませんでした。バスは安いし非常に便利なのですが、時間がかかるのが玉にキズ。いきおいタクシー利用となってしまいます。
 街をタクシーが無数に流していますので、比較的簡単につかまります。面白いのは、気に入った運転手さんがいれば、携帯電話番号を教えてもらい、必要な時に呼び出すこともできます。といっていっても初乗り程度では無理で、毎朝通勤時に来てもらうとか、空港に行く時にはその人に頼むとかします。普通のタクシーは、2人で会社から車を借りて、1日おきに仕事をしています。聞いた話では、当時車を借りるのに1日200元程度、ガソリンが200元かかるとすれば、400元を越えてからようやく個人の取り分となるということでした。初乗りのお客が続いてしまうと、40人乗せた後でようやくその日の儲けとなるといった具合。つまり、非常に厳しい仕事ということになります。
 私の住んでいたアパートは龍柏という場所にありましたが、そこから浦東の空港までおおよそ150元。当時初乗り料金が10元でしたからから、確実に空港まで乗ってくれるなら電話で呼び出しても十分喜んで来てくれるという訳です。家内は、帰国時等にいつも決った運転手さんを使っていて、空港まで100元という交渉で来てもらっていましたが、最後のころはさすがに120元くらい払ってあげてました。
 最近、居酒屋タクシーというのが話題になっていますが、ビールにつまみというのはともかく、携帯で呼び出していたというのを聞いて、上海のタクシーを思い出しました。それだけ日本のタクシー運転手さんも大変ということなのでしょうね。
 一方の官僚の方は、だらしないです。いくばくかのキャッシュを逆に受け取っていたというのにいたっては何をか言わんやですね。この人達、次の日は何時に出勤しているんでしょうか。

 

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漢文

 谷沢永一の「モノの道理」(講談社)に、「子供に『漢字漢文教育』は必要ない」というくだりがありました。長沢規矩也という人の「支那学術文芸史」から次の引用をしています。
 「支那文の一特徴とは、古来の文章、いはゆる漢文が、形式的で、文辞形容を重んじ、誇大に奔ったことを指したもので、是亦国民性に基づくものではあるが、かヽる傾向を有する文章では、一分一厘をも重んじ、曖昧を嫌う自然科学の学的記述は難しい。漢文は大ざっぱに、ボンヤリと麗しく書くものである。一つの文章が色々に解釈されることが珍しくない。かヽる文章では、自然科学は固より、哲学上の理論も明瞭んは現し難いのである。」
 日本語はロジカルな思考には向いていないと聞きますが、中国語もそうなんでしょうか。気にとめておきたいと思います。

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エコバッグ

 昔ロスアンゼルスに仕事で赴任した当初、生活面でもいろいろ戸惑うことが多くありました。例えばスーパーマーケットで"Paper or plastic?"と聞かれます。紙袋にするか、ビニール袋にするかということなのですが、最初は何を言っているのか分からず困ったものでした。
 レジ袋というと、昨年台北に初めて行った時、コンビニで飲み物を買った際の思い出もあります。レジで袋に入れてくれないので、「袋を下さい」と言うと(その程度の中国語は可)、いくらだったか忘れましたが「○△×」と言います。最初、支払ったお金が足りなかったのかと思ったのですが、すぐに袋は有料と気づきました。 外国の街を私服でちょっと歩く時など、カバンのかわりにレジ袋に物を入れて歩くことがあるのですが、あいにくその時は旅行カバンに入れ忘れてしまい、どちらかというと袋をもらいにコンビニに入ったようなものでしたので、仕方なく代金を支払って、立派なレジ袋をもらいました。 
 ところで最近、日本ではレジ袋をもらわず、エコバッグなるものを持参するのが流行っています。それはそれで分からないでもないのですが、例えば我が家ではレジ袋は大方ゴミ出し袋となっています。雨の日に駅までさしていた折りたたみ傘を、電車に乗る前にレジ袋にしまってカバンに入れるということもあります。レジ袋が無いと、都の推奨ゴミ袋を購入しないといけないので、いずれにせよ何らかの袋を使うことになります。とすれば、あまり「エコ」には貢献しそうにありません。(後者の方が劇的にエコということでもないように思うのですがどうなんでしょうか。)
 エコバッグをぶら下げるのであれば、ゴミ出しもバケツか何かにするとか、生ゴミはコンポストで処理するとか考えないと、あまり意味が無いんじゃないかと思ったりします。レジ袋5円等と有料にする店も増えてきましたが、単に多少なりとも収益アップしたいというだけの話じゃないのかなとつっこみたくなります。カーボンオフセットの話もそうですが、何となく片手落ちな印象を持ってしまうのです。そう言って何もしないのが一番いかんと逆につっこまれそうですが。

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週末

水、木とお天気も今一つでしたが、今日はまた朝からいい天気。週末も晴れるといいのですが。

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気持のいい朝

 梅雨の合間をぬって今朝は空も晴れ、気持ちのいい朝になりました。窓からさしこむ朝日で目がさめました。 ここ数日湿気が多いせいか、体のきれが悪く調子がよくなかったのですが、今日はなんとか元気が出そうです。

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他愛のないおしゃべり

 吉本隆明は、この4、5年で、日本の「戦後」が終わり、新しく「第二の敗戦期」とも呼ぶべき段階に入ったのではないかと言っています。バブル期に消えた数百兆円の経済的なダメージは、大きな戦争で失うそれと同等かそれ以上の規模だったと言われていますが、その後のインターネット社会の出現等とあいまって、現在の日本はかなり複雑な社会状況に直面しているように見えます。
 今日は、秋葉原でナイフで無差別に多くの人を殺傷する事件が起きました。ラジオを聴いていたら、速報でニュースを流していましたが、物騒な話です。電車でもおちおち目をつぶって寝てなどいられないなと思ってしまいます。
 ただ、これまでに世界で理想的な社会がこの世に現出した事は無く、第二次世界大戦後60年以上も自ら戦争をすることから免れてきた幸運を思うと、消化しきれない情報の海に溺れることなく、ここは大きく深呼吸をして、自分の軸足は何なのかを落ち着いて考えていかなければねと思います。

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Taspo

 たばこの未成年者への自動販売機での販売を制限するために、Taspoなるカードの導入が進んでいるそうだ。
 自分自身はたばこを吸わないので、あまり興味は無いが、結構うっとおしい話のような印象がある。国民総背番号制になっていれば、年金問題だけでなく、こういった話も簡単に対応できそうな気がするが、そういう単純な話ではないのだろうか。いずれにせよ、社会的な非効率的あるいは非生産的な莫大なコストがかかるという点は間違いないことだと思うのだが。 制度導入に伴う各社の受注合戦が目に浮かぶようである。

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渋滞

 先日、横浜駅周辺の地下街が歩きにくかったと書いたが、その後たまたま読んだ文芸春秋7月号に西成活裕さんという方の「日本の道路はなぜ渋滞する」という記事が面白かった。高速道路の渋滞や、人の流れの渋滞が何故発生するかを簡単に説明しているのだが、例えば渋滞の名所である小仏トンネル付近について、ゆるやかなのぼり坂で車の速度が若干落ちるため、車間距離がだんだんつまり、後続車がブレーキを踏み出して、それが重なって渋滞が発生していると分析している。
 人の流れも、前の人と一秒くらいの間隔があるとスムーズなのだそうだ。他人の動線を予測し、それを邪魔しないという配慮をするだけで都会のストレスはかなり減るのではないだろうかとしている。
 前が空いているからといって少しでも詰めようとすると、かえって全体が遅くなる。流れの交差するところではお互いに譲り合い、強い自己主張をしない。そして前に詰めすぎない。こうすることで、長い目で見れば自分も含め皆が利益を得られる一種のゲームをしているのだ、と考えるとよいのではないだろうか、との提言。渋滞学とご本人は名づけておられるが、普段何となく感じていることをクリアーに整理してあり、いろいろな事を考えている人がいるものだと感心した。

 東京から、両親の住む横須賀に時々行くのだが、横浜を過ぎるあたりから明らかに人の感じ、文化圏が変わってくるような気がする。京浜急行の金沢文庫より先あたりからは特に地元の人の生活が感じられるような、ある意味ゆっくりとした感覚がある。休日の横浜駅は、こういった周辺の地元の人達が家族連れで買い物等で歩いているケースも多いのだと思うが、先日はたまたま混雑を歩くのに慣れていない、あるいは普段は慣れていても休日モードで自分の世界で歩いている人が多かったのか等といいかげんな想像をしている。

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男子バレー北京オリンピックへ

 男子バレーボールは、昨日のアルゼンチン戦に勝って、北京オリンピック出場が決りました。華やかな女子バレーに比べ、どちらかというと長い間影のうすい男子バレーでしたが見事でした。
 先日女子バレーがオリンピック行きを決めた一連の試合もテレビで見ていましたが、男女とも、素人目に見ても実力が上がっているなと感心します。アルゼンチン戦も最終セットにもつれこんでジュースを重ねた上での勝利。紙一重の勝負に勝ったのは、やはり実力をつけたことと、「技術があっても気持ちがなければ戦えない。」と徹底して強化したというチーム全員の精神力が後押ししたということだ思います。ショー化された報道の仕方に批判もあり、テレビを見ていてもちょっとなと思いますが、これだけの粘りは、やはり感動しました。
 選手、監督、スタッフが地道に長い間並々ならぬ努力を続けてきた結果が実ったということですし、オリンピックに行くかどうかで、選手自身はもちろん、そのスポーツの人気、注目度も大きく変わってくるのでしょうから、やはり日本のスポーツ界の快挙だと思います。

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ヘアピンカーブ

 JR日暮里駅の前にイベント広場というスペースができ、舎人ライナーの開通とあいまって、駅周辺は最近かなり整備されてきました。
 この駅を降りて、北北西にまっすぐ歩いていく、つまり電車の線路とほぼ直角に歩いていくと、15分くらいで常磐線の三河島駅に着きます。はじめの頃は、日暮里の駅からどんどん遠ざかっていくのに、何故常磐線の次の駅に着いてしまうのか、よく位置関係が分からなかったのですが、地図をみて納得。日暮里と三河島の間は、ほぼヘアピンカーブになっていて、日暮里を出た常磐線は北側にぐるっとまわりこんでいく形になっています。何故このようなことになっているのかよく分かりませんが。
 ちなみに、最近気になっている店の一つに、朝通勤の途中で見つけた立ち食いそば屋があります。日暮里駅の手前で住宅地の終わりのあたりに、一軒の古い小さな製麺所があって、自家製のうどんとかそばを売っているのですが、朝の通勤時(7時過ぎ)にふと見ると、小さなのれんがかかっており、立ち食いで、そば・うどんを供しています。朝の通勤時は余裕がなく、夜はもう閉まっているので、まだ入ったことがないのですが、何となく気になる存在。この手の店は結構うまいはずという予感がしていますがどうでしょう。
 今朝、散歩の時にお腹が少し減ったので、この店を思い出してちょっと前を通ってみたのですが、日曜だからか、あいにく閉まっていました。
 ちなみに、ついでに日暮里~三河島周辺を立ち食いそば屋に注意しながら歩いていたら、目についただけでも谷中銀座の1軒を加えて都合四軒ありました(駅の中の店は除いて)。機会があれば入ってみたいと思います。ちなみに谷中銀座の店は、おじいさんおばあさんがやっていて、かけそば270円と格安でした。

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おばまガールズ?

「米大統領選の民主党候補の指名を確実にしたオバマ上院議員を応援する小浜市のフラダンスチーム「おばまガールズ」が6日、氏の出身地ハワイで催される環太平洋各国の文化・芸能交流イベント「まつりインハワイ」に参加するため出発した。」(asahi.comより)
・・・やめてくれー!

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お祭り

今日は町屋周辺はお祭りで町中いたるところにお神輿が練り歩いていました。娘が先日体験講習で太鼓を習っていた和太鼓のおじさん達も見かけてなつかしかったです。

Photo

カメラを持っていなかったので携帯電話でとりました。

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GNH

 GNHという言葉をご存知でしょうか。
 Gross National Happiness の略。ヒマラヤのチベット仏教徒の国ブータンのワンチュク国王が打ち出した「国にとって大切なのはGNP(Gross National Product=国民総生産量)ではなくGNH(Gross National Happiness=国民総幸福量)である」という概念なのだそうです。
 もともと幸福感は主観的なものであり、GNHはあくまでも概念的なものとして考えられて いましたが、「GNPのように、指標として数値化できないか」ということで、1999 年にはブータン研究センターが設立され、具体的な研究が続けられているとのこと。面白いですね。
 ちなみに荒川区は「幸福実感都市」を標榜しているようです。

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 このところ、水をよく飲んでいます。夕食時にはビールを飲んで、食後も何かしらのお酒を飲むという生活を何十年も続けてきたのですが、食事の後も机で本でも読みながらペットボトルに入れた水を飲んでいると、特段アルコールを飲まなくても構わなくなってしまいました。ところが、私の場合、カップに水を入れておくと、あまり効果が無く、あくまでペットボトルに水というのがいいようです。感覚的なものなのですが。
 禁酒をした訳ではないので、飲みたい時はあいかわらず飲んでいるのですが、どうしてもということでもありません。そうしてみると、確かに物の味がよく味わえるようになったし、酒を飲んだ時もお酒の味もよく分かるような気がします。
 夏場でもビールを飲まずにいられるかはちょっと予想がつきませんが、今のところはそんな感じ。特段の理由も無いままに、30年以上続いていた生活習慣が突然全く変わってしまいました。不思議なものですね。

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脳死判定

 先日、秋川渓谷でキャンプをした時に、虹鱒をしめた話を書きましたが、一つ印象的だったことがあります。
 エラからグイッと人差し指を入れると、おそらくその時点で心臓を止めてしまうので、その意味ではそこで魚は死んだのかと思われます。しかしながら、さらに内臓をひっぱり出そうとすると、まだ動いている訳です。それに構わずグイッと内臓を出して、口から竹ぐしをさしていくのですが、何となくその時も目はこちらを見ているような感じ。活き作りというのもありますが、そんな感じ。それに構わず心を鬼にしてエイやっとくしをさすと、さすがに後は塩焼きにという感じになりますが、さて、このマスはいったいどの時点で死んだことになるんだろうと考えてしまいました。
 私は釣りをやらないので、こういった経験は初めてでしたが、人間の脳死判定という議論も、なるほどこういうことなのかなあと妙なj実感がありました。

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シナモンシュガー

シナモンに砂糖を加えたシナモンシュガーというものがあります。朝は大抵パンを食べているのですが、目先をちょっと変えたいなと思うとき、これを食パンにふりかけてみると、なかなかおいしいです。

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梅雨入り

 東京は昨日梅雨入りしたそうです。昨年は梅雨入り直後は天気がよかったのですが、台風5号の影響もあり、今日はしっかりと雨になりました。帰宅する頃には霧雨になっていましたが、これからしばらく雨とおつきあいが始まります。

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横浜駅地下街

昨日は、久し振りに横浜スタジアムに行きました。帰りに横浜駅の地下から東口のそごうに行ってみましたが、なんとなく「歩きにくい!」という気がしました。土曜日で人が多く、かつ勤め人が足早に移動している訳ではないというのが大きな理由かもしれませんが、人が多いという点では上野駅、東京駅、秋葉原駅等もそうですが、比べると、なんとなく違うような気もします。天井の高さとかそういった要素もあるのかもしれませんが、ちょっと疲れました。あるいは雨の中で5時間近く横浜スタジアムで立ったり座ったりしていた疲れからそういった印象になったのかもしれません。今度元気のある時にまた観察してみます。

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森の声を聞く

 仏教、キリスト教、イスラム教・・・
 日本人は無宗教だとよく言われ、何かの宗教を信じていないことが悪いことのように一般的に考えられています。最近思うのは、死生観というのは、全く個人、一人ひとりに属するものであり、他人がとやかく言う、言えるものでは無いないのではないかということです。自分自身が自然(他人とのかかわりという社会的な営みも含め)と向き合って、あるいは自然の中で生きていく作業なのではないか。
 日本人は、古来、森林の中から、そこにひびきわたる何かを感じとってきた、自然の中で自分の生き方というものを考えてきた、自然の一部として何とか生きてきたのではないかと思いますが、そういった営みの流れを、宗教という形の体系化された社会的な枠組みのものさしで測ろうとし、どこかの宗教、宗派にはめこもうとすること自体、程度の差はあれ、なにやら原理主義に通じるにおいがします。
 宗教界では、宗教家の中で、真摯で頭のいい人達が教義を言葉にして残し、それらの解釈についても後の人達がいろいろと議論、考察して複雑な体系を作り上げてきたのだと思います。確かに、そういった優秀な人達の膨大な作業の積み重ねは、一般人の頭では何年かけてもまとめきれないような事柄をクリアーに見せてくれることは確かで、いろいろな手がかりを与えてくれるものだと思います。
 一方で、人は一人で生まれてきて一人で死んでいくという自然の営みの中に生きており、その死生観を、ある一つの宗教という枠組みにはめこむ必要も無いのかもしれません。自分は自分、もっと自然の中で何かを感じ取っていくことが大事なのではないか。考えてみれば、自分の心の問題まで、人が考えた枠組みにはめこむ必要はないんじゃないか。(宗教の中では、それは「人が考えた」ものではないとされているのでしょうが。)
 もちろん、宗教を軽んじるつもりは全くありませんが、逆にそう考えると、がんじがらめの思考回路がパチンとはぜて、自由な発想がわいてきそうな気持ちがするのです。
 これは日本人のメンタリティーと、欧米やアジアの他の国等のメンタリティー、物の考え方、死生観の違いを考える上でも一つヒントになるかもしれません。

 

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フォー

 ベトナム料理のフォーは、ライスヌードルで、日本人の味覚に合うと思います。あっさりとしているのに、深みのあるスープに独特の食感の麺。 お米の粉から作るというのも日本に向いていそうです。私も去年ハノイで初めて食べましたが、とても気に入りました。
  なお、日本ではお米が余って採算がとれないと言って何十年にわたって減反を続けていますが、この際いろいろな種類の米を作ってどんどんアジア諸国に売ることを真剣に考えるというのも一つの発想かなと思ったりしますが、現実は難しいんですかね。安い米だけでなく、日本のブランド米が売れる販路もあるかもしれませんし。

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どちらが先か

 先日の矢野康治氏の本の中で、次のような趣旨が述べられています。
「もし、結果的に歳出削減のみならずこれと増税の[『合わせわざ』が不可欠・不可避となるのであれば、できるだけ早く増税にも着手すべきです。換言すれば、もし増税をせざるを得ないのであれば、『歳出削減をやり尽くした後で増税を行う』という手順を採るべきではありません。」もともと、「歳出削減は常に(=不断に)必要なものであり、『歳出削減をやり尽くしてから』といっていたのでは、極端にいえば、いつまでも増税はしないということになりかねません。」
 つらい話ですが、まさに慧眼というべきでしょうか。しかしながら、まず取りやすいところから税金をとるという印象がぬぐえない限り、なかなかこういった考え方に賛同を得られるものではないというのも現実でしょう。

 

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チラシ配り

 駅前などで、今でもよくチラシ配りをしている人がいます。私自身はほとんで受けとらないのですが、考えてみると、何のチラシか分からないというのもその理由の一つであるような気がします。のぼりを立てるとか、一見して何をやっているのかわかるようなTシャツを着るとかした方が、いいんじゃないかなと思ったりもします。まあ、それでもあまり効果はないでしょうが。 そもそもチラシ配りの効果自体はどんなものなのでしょうか。美容室などは、アルバイトを雇うというよりは、美容師さん自身が配っていることもあるのかもしれないので、店でただお客を待っているよりはということもあるのかもしれません。
・・・等とつまらぬことを考えながら道を歩いています。

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タッチフットボール

 子供が大学で入ったタッチフットボールのクラブが出場するということで、昨日は雨の中、横浜スタジアムにタッチフットボール日本選手権(シュガーボール)というイベントを見に行ってきました。
 タッチフットボールというのは、初めて見ましたが、アメリカンフットボールのルールから、タックルのかわりに両手で相手の体にタッチするという部分だけを変えたスポーツということで、なかなか奥が深いなと思いました。きれいにパスが通った時などは、なかなか見ごたえがありました。防具無しで女性や年配の人でも楽しめる競技になっているので、これから人気が高まっていくく可能性がありそうです。

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