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今日の自分と明日の自分

養老孟司「まともな人」(中公新書)から・・・
 「われわれは未来をなぜきちんと考えることができないか。根本的には人は変わるからである。変わった自分がなにをどう考えるか、今の自分にはじつはわからない。ガンの告知を考えればわかる。ガンであと数ヶ月の寿命しかないと自分が納得すれば、世界は違って見える。世界が変わったわけではない。自分が変わったのである。
 未来に対する予測は、その変わるべき自分をつねに棚に上げる。それが情報化社会なのである。情報は固定して動かない。意識は自分を情報だと規定するつまり俺は俺として本質的には変わらないと信じるのである。そういう情報化社会の人間は、「ああすれば、こうなる」のだからと、たえず未来を予測しようとする。遺憾ながらそこには自分の変化が入っていない。それは当然で、あくまでも「俺は俺」だからである。そんな予測がアテになるわけがない。見方が変われば、つまり統計値をとっている当の自分が変われば、統計値のとり方が違ってしまう。」
 自分の体験で思い出すのは、1996年にロスアンゼルスでの仕事が終わり、7年半ぶりに帰国した時のことである。
 随分長い間日本を離れていたので、漠然と自分が日本の生活に戻れるかどうかやや不安があったのだが、実感として感じたのは、確かに日本も変わっていたが、それ以上に自分自身が随分変わっていたことがよく分かった。
 日本の生活にアジャストできるかどうか、7年半前の日本と自分の関係図を頭に浮かべながらそんなことを考えていたのだが、そういう考え方自体が問題の設定として違っていたということに、帰国してからそう時間のたたない間に気づいたのである。

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