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知の巨人

 塩野七生さんの「ローマ人の物語」を文庫版で読み始めました。数年前に出張時に成田空港の本屋さんで第一巻を買ったのですが、帰りの飛行機の座席に忘れてしまいました。気づいたのが数日たってからだったのですが、航空会社から特段の連絡も無く(当たり前?)、そのままにしてしまいました。
 その後気にはなっていたのですが、ようやくまた読んでみようかという気分になったので、改めて第一巻を購入しました。感心するのは、歴史に関する本なのですが非常に読みやすいことです。膨大な資料の精査をベースに著者の深い洞察があり、それに加えて欧米の外国語に通じた人独特のロジカルな思考方法と巧みな日本語表現が渾然一体となってい
る印象があります。
 たまたま娘が読んでいた同じ著者の「ルネサンスとは何であったのか」もぱらぱらと見てみたところ、以下のような文章がありました。
「見たい、知りたい、わかりたいという欲望の爆発が、後世の人々によってルネサンスと名づけられることになる、精神運動の本質でした。」
「創造するという行為が理解の「本道」であるからですよ。ダンテも言っています。考えて いるだけでは不十分で、それを口であろうとペンであろうと画筆であろうとノミであろうと、表現してはじめて「シエンツア」になる、と。」
「ルネサンス時代とは、要するに見たい知りたい分かりたい、と望んだ人間が、それ以前の時代に比べれば爆発的としてもよいくらいに輩出した時代なのですよ。見たい知りたい分かりたいと思って勉強したり製作したりしているうちに、ごく自然な成り行きで数多の傑作が誕生した、と言ってもよいくらいです。」
「ではなぜ、見たい知りたい分かりたいという欲望が、あの時代になって爆発したのですか」
「それまでの一千年間、押さえに押さえられていたからでしょう」
「誰が押さえていたのですか」
「キリスト教会が。イエス・キリストの教えのうちの最重要事は、信じるものは幸いなれ、です。つまり天国は、信じる者のみに開かれているというわけで。この反対は、疑うということです。あなたのように”なぜ”を連発する態度からして、あなたはすでに”ルネサンス精神”があるということになる」
表現することが理解につながるというのは、私自信も最近よく感じていることなので、スッと腑に落ちました。この切り口は、一つ大事にとっておきたいと思います。
知識人、インテリと呼ばれる人は数多くいるのかもしれませんが、それを伝達する表現力も兼ね備えた人はそう多くはないように思います。その意味では塩野七生さんは、間違いなく現代日本の知の巨人の一人だと思います。

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