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2011年4月

経験があるか無いかの差

 昨日、現場のリーダーについて少し書きましたが、以下の映像を見ながら、考えさせられるとことがありました。
原発最新内部映像
 あまり知られていないかもしれないが、日経ビジネスの3月7日(だったと思います)に、正に福島第一原発の所長のインタビューが掲載されていました。残念ながら、その記事をコピーしていなかったので、現在、現場で復旧の陣頭指揮をとっている方と同じ人かどうか分からないのですが、記事の内容としては「福島第一原発は安全」という趣旨のことが書いてあったと思います。その雑誌の発売数日後に大事故が起こったことになりますが、YouTubeの映像を見るかぎり、現在、復旧に必死の作業をしている所長はじめとした人達の緊迫した雰囲気が伝わってきます。
 私自身の数少ない経験を振り返ってみても、実際に断崖絶壁に追い込まれた経験のある人と無い人との差は極めて大きいものがあります。経験の無い人に言葉でいくら言ってもわからないと言っていいかもしれません。現場で日々難しい場面に直面している人に相応のリーダーシップがあるのはそのような背景もあるかもしれません。そういった経験の乏しい組織のマネジメントがリーダーシップを身につけられるるかどうかは、事態を大局的にとらえて感じることのできる感性、想像力、知識、使命感といったものがあるかどうかが一つ大きな要素になると思います。これは教育の領域の話になるのでしょう。(そもそもトップのその手の人がいるということ自体が本質的な問題かもしれませんが。)

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神風だったのか?

 武田邦彦さんのブログは原発事故前からRSSに登録して見ていたのですが、福島第一原発の事故後は、その情報を日々の状況をどう考えればいいのかの指針の一つにしていました。福島の事故も長期戦になりますが、今後の事を考えると、どの地域、あるいはどの食物がどのくらいの放射能汚染の状況かをきめ細かく調査して客観的なデータが公にされるべきだと思います。それ無しに周辺の野菜を買って支援しようとか、福島の学校給食に福島産の野菜を使って安全性をアピールしようとか、東北地方に就学旅行に行こうとかいった論調はリスクがあるのではないかと感じています。どこまでのリスクを自分がとっているのかが全く分からないからです。
 放射能の影響は何十年先にならなければ表面化しないかもしれませんし、その時にその事象が原発事故によるものかどうも証明は困難でしょう。だからといって、今できることをやらないで多くの人、特に子供達をリスクにさらすのは間違っていると思います。
 ということで武田さんの本の方も少し読んでみようかなかと思い、今日は「偽善エネルギー」を読んでみました。多くの興味深いポイントが含まれていましたが、その一つをメモしておきます。
「まず原発というのは、非常に巨大な設備なのに、そこの責任者はサラリーマンで、生まれてこのかた、あまり大きな判断を自分でしたことがありません。確かに、責任者は一流大学を出て大きな電力会社に入り、それなりの訓練を受けてきています。頭もいいし経験も豊富ですが、彼の人生で『勇気』や『人としての誠実さ』、そして『決断力』の試験を受けたわけではありません。物理や数学、そして英語などの成績がよかったり、人づきあいがうまかっただけです。普通の仕事ならそれで十分ですが、原発のように、知識もいれば胆力も必要となると話は別です。だから、どうしても原発の責任者は国民を守るというより先に、我が身や自分の会社のことが気になって、重要なことほど隠してしまう傾向があるのです。この解決策としては、原発を安全に動かし、廃棄物を適正に処理するためには、日本の教育制度を改革して、『高い地位に就く人は、精神訓練をする』というようにしなければ、基本的には原子力を実用化することができません。技術が完成していても、それだけでは安全は保てないのです。」
 この本は、2009年11月に出たものですが、エネルギー問題全般に渡ってさまざまな論点を提供しています。

 過去30年程の間にグローバルスタンダートという名のもとに拡大してきた日本の大企業は、大なり小なり同じような構造になっているのかもしれないという気がします。現場に近いサークルを率いている人の方が上記のようなリーダーシップの気質を持っている層が厚いという印象があります。崖っぷちにたたされた時に何を考えるのか。その瞬間に、その人がそこまで生きて培ってきたものすべてが集約されるのかもしれません。

 同じく先日読んだ「原発事故 残留汚染の危険性」の最後の一文も印象に残っています。福島を中心とした放射能の影響が心配な地域(東京の我々を含め)に住む人には酷な話ですが・・・
「今回の福島原発の事故は多くを『偏西風』という日本の風に救われたのですから、まさに神風だったのです。この幸運をよくよく考えたいと思います。」

神風だったのか(何故日本の国内でこういったシュミレーションが広く公表され議論されないのかが不思議)

将来大きく変貌した日本で我々の子供達がこの事件を振り返って、「あの時の偏西風は本当に神風だったんだね」と言えることを願います。

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チェルノブイリ

チェルノブイリ関係の映像もYouTubeに大量にアップされてます。聞きしにまさる惨状。

汚された大地で
1986ニュース  
広河隆一氏レポート。18年くらい前の番組でしょうか。現場周辺の景色の色のトーンが日垣隆氏が今月現地を取材した際の写真の暗いトーンと全く同じでゾッとしました。IAEAが現地調査をし「問題無い」と安全宣言したという話も報告されています。(調査団長は広島出身の日本人。)
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マティーニとジンの思い出

 昔、ロスアンゼルスのビルトモアホテルのバーでマティーニを頼んだ事がある。”ストレートアップ?”とバーテンダー。もちろん”Yes”だ。マティーニをオンザロックなんかにされてはたまらない。ジンのお好みは?と聞くので Beefeaterを頼んだ。そもそもマティーニを頼んでジンを何にするかと聞かれたのは後にも先にもその時だけだったが、とっさに、バーテンダーのかなりの人がビーフィーターでマティーニを作るとどこかで読んだことを思い出したのだ。それにどこにでもあるはずという安心感もあった。ジェームズボンドならゴードンだが、個人的にはゴードンはあまりマティーニには向いていないような気がする。彼も笑顔で私はそれだけで満足だった。
 カクテルと言えばマティーニだと思うのだが、シンガポールのラッフルズホテルのロングバーに、一緒に出張した同僚と行った時もマティーニを頼んでしまったのは失敗だった。ロングバーと言えばシンガポールスリングだ。その後行く機会がないので、あそこで話の種に飲んでおけばよかったなあと今でも後悔している。皆がシンガポールスリングを頼むので、ちょっと格好をつけてみたのだ。あの頃はまだまだつっぱってました。今ならやせがまんはしないだろう。
 やせがまんと言えばハードボイルドだが、その世界で有名なのはギムレットだ。上海の新天地のオープンカフェのようなバーでもマティーニを頼んだ事があって、「無い」と言われたのには驚いたが、マティーニは無いのにギムレットはあるというのでまた驚いたのを思い出す。
 そういえば、去年、根津で会社の宴会の後で同僚と入ったバーも、入った後「しまった」と思ったが、そこの女の子が「マティーニを作るの初めてなんです」といって出してきたのは、これまで飲んだ中で一番まずいマティーニだった。ご主人がすみませんと言って、よく分からないブルーのカクテルを出してくれたが何だか興ざめだった。
 ジンも種類があって、ボンベイサファイアなんていうのはボトルもしゃれて繊細な味わいがあるが、ちょっと物足りない気がする。最近はまた時々ジンを飲んでいるのだが、近くのスーパーでも売っているチープな感じのビーフィーターが、やはり気のおけないジンかと感じている。
 思えばロンドンでビーフィーターを見た時も当然のようにジンのボトルが頭に浮かんでいたものだ。

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民主党議員勉強会

福島第一原発の状況に関する民主党議員の勉強会。原子力安全委員会、原子力安全保安院の人を呼んで説明を受け質疑応答しています。USTREAMで現在配信されてますが、テレビ、新聞等の報道とかなり趣が違います。だいたいこんな感じなのですね。

民主党議員勉強会USTREAM
(4/20頃?)

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下らない話

 今朝、田端の床屋に行ってきました。店でラジオをかけていて、「永六輔その新世界」を流していました。ゲストで愛川欣也が出ていて、今喫緊の課題は憲法と原発の二つだとして、憲法はアメリカが押し付けたものであっても永久戦争放棄はすばらしいので改正反対、原発は今回の福島第一原発の事故を見てはっきり分かったが停止すべきといった内容のことを言ってました。
 まあその主張の是非はともかくとして、これに対し永六輔は、「そういった話題を軽々しくこの番組で言ってくれるな。来週はこの番組無くなってるかもしれない。」として迷惑そうに意見を全く述べませんでした。
 その後大橋巨泉が出てきて、二人であいつは変わったねえなんて話をしてました。永六輔などは、結構えらそうにいろんなこと言っている変人だという印象でしたが、実は世渡りのうまい人だったのねという感じでした。まあ、テレビ、ラジオ界を長年にわたって泳いできた人ですからそうなんでしょう。それに大橋巨泉。こういった人たち一切合財ひっくるめて古い枠組みの中の人達なんですかね。以上、下らない話でしたが、いやでも耳に入ってしまったラジオの件をちょっとメモしときました。

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無理筋のストーリー

 映画の話が続きますが、映画を見ていて、「ありえない」と思うストーリーは随分あって(あるいは殆どか?前述のKnight and Day等は荒唐無稽の極致のような映画ですが。)、それを承知で楽しむことができる作品も多いのですが、同じありえないでも笑えるものと違和感のあるものがあります。
 例えば随分前のミスタービーンの映画版で、名画の油絵をメチャクチャにしてしまい、ポスターで代用して事なきをえるというのがありましたが、カリフォルニアを舞台として、それはそれで懐かしい風景があってよかったのですが、全体的にはこれも「ありえない」という意味であまり趣味のいい映画ではありませんでした。
 日本映画で言うと、スイングガールというのを以前見たことがありますが、この中で音楽コンクールへの申込書を主人公の一人が出し忘れて、先着順に間に合わなかったのを仲間に言えず、当日会場に向かってしまうというのもありました。大雪で他の出場校が欠席したので繰り上げ出場でめでたしめでたしという話でしたが、これも何かひっかかりました。楽しめるシーンもあるのですが、こういった「大失敗」を当日まで黙っていることは実社会、特に仕事の現場ではありえない等と感じました。舞台設定等、普段の生活にかなり近い所でストーリーが展開している中なので、その部分がういた感じがしたのです。
 等と細かいことをぼんやり考えていたのですが、この間ふと気付いたのは、「こういった状況にさほど違和感が無い人って結構いるんじゃないか?」ということです。このストーリーを書いた人、映画を作った監督、関係者、そして観ているかなりの人はもしかしてそういう感覚なのか?と思ったわけです。結構それはヤバいねと。

(ちなみに同じ~ガールでも「フラガール」の方は質の高い映画でした。)

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Someday

映画"Knight and Day"(トム・クルーズ、キャメロン・ディアス)から

June:Someday when the last part went in,
     I would just climb into that GTO and start it up.
        Just drive and drive and drive, and just keep driving
        until I got to the tip of South America.
          ・・・
Roy:Yeah, "Someday."That's a dangerous word.
June: Dangerous?
Roy:It's really just code for "never".
   I think a lot about things I haven't done. 
          ・・・
Roy:I love your optimism. Never lose it.

〈エンディング〉
Roy: What day is it?
June: Someday. Someday, Roy.

Knight and Day
(二人とも年をとりました。)

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安全宣言という風評

 原発関係で「風評被害」という言葉がしきりに言われています。一方で、福島、茨城、栃木といった地域の農産物は大丈夫と言って、買う人も「協力したい」と嬉々として買っている姿がテレビでしきりに放映されています。政府も風評被害を食い止めなければ等と言っています。
 でも、ちょっと変じゃあないですか?放射能がまき散らされたのは厳然たる事実です。
一部地域ではかなりの被害があることは残念ながら認めざるをえません。であれば、何をもって「大丈夫」と言えるのか。やり方としては、どのくらいの放射能を発しているかをできるだけ細かいロットで測定して、その数値をニュートラルに公表することしかないのではないかと思います。同じ数値でも、人によって危ないと判断すべきケースもあるでしょうし、許容範囲と判断するケースもあるかもしれません。そういったアプローチしか、しきりに喧伝されている「風評被害」を減らす手段はないと思うのです。
 このような姿勢なしに「大丈夫」と言っているビヘービア自体、逆に極めてあやしい。恣意的なものを感じます。こういった感じ方って、一般的ではないんでしょうかね?おかしいなあ。

(と思っていたら武田邦彦さんも全く同様なことを書いておられました。)

「安全宣言」という風評
 

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放射能で首都圏消滅

 「放射能で首都圏消滅」(食品と暮らしの安全基金 古長谷稔 著)を読んでみました。2006年に書かれた本で、静岡の浜岡原発の危険性と、原発事故を想定した対応策について読みやすく述べたガイドブックのような本ですが、現在の福島第一原発の事故と重ね合わせてみると、実際に起こっていることのかなりの部分が本書の説明と重なっていることに驚きます。以下の記述などは、福島の状況とピッタリ一致します。
 「地震の後、原発で事故が起こっても、政府や行政、電力会社から放射能に関しての正しい情報はすぐには出ない、と考えておくのがいいでしょう。これまでに原発で事故が起こった時は、いつも発表は時間がたってからでした。一部の専門家がマスコミで指摘し、それから長い会議を開いてやって公表するのが過去のパターンです。真実が明かされるまでに数日待たされる可能性もあります。そんな悠長な話につきあっていたら、命がいくつあっても足りません。」
 思い出すのは、福島第一原発の水素爆発が起きた際、NHKでは爆発の映像を一切流さなかったことです。爆発前と後の写真を出して、何か爆発らしきものが起こったらしいといった言い方をしていました。NHKの立場ではそれが精いっぱいの報道だったのかもしれませんが、同じ時間帯にBBCやCNN等の海外メディアや民放では爆発映像が繰り返し放映されていました。そこで「これは報道に相当な圧力がかかっているな」と感じました。
 浜岡原発の場合、東京は風下にあたるため、事故が起こって6~8時間後には放射性物質が東京を直撃することになります。中部大学の武田邦彦氏もYoutubeで公開されているインタビューの中で、浜岡の危険性を指摘していましたが、専門家の間では常識となっているようです。いずれにせよ、自分でどう身を守るか、ささやかながらも対策を考えるしかありません。

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普段からの心構え#3

 大前研一、柳井正「この国を出よ」を読みました。「日本を出よ、そして日本に戻れ」という大前氏。「僕はそもそも政治が大嫌いです。」といい、その自分が政治について発言することに覚悟を読みとってほしい。」という柳井氏。文化的、情緒的な部分はほとんどふれず、もっぱら経済の視点から物を論じている点はやや気になりましたが、国債の問題を軸とする経済の見方や、海外に生き延びる道を求めようという主張も概ね共感できるものでした。
 大前氏は日本経済が破綻するXデーを2013年ころを想定しているようですが、柳井氏は「大前さんが考えるよりも速いスピードで近づいている気がする。」と言っています。私自身は国債のデフォルトは2013~2014年くらいかと考えていましたが、もっと手前を見ておく必要があるの」かもしれません。
 大前氏によると、日本が国債デフォルトの危機に直面したら、日本が保有する約65兆円もの膨大な米国債を売り払わずを得なくなり、今度はアメリカが窮地に追い込まれる。日本がアメリカを道連れにクラッシュしたら、世界経済は間違いなく崩壊する。・・・国債のクラッシュによって国民の金融資産が吹き飛んでしまう。メルトダウンした金融機関はどうするか。過去の例見ると、「預金封鎖」の可能性が高く、その先に待っているのはハイパーインフレ。これに耐えられるのは「金」や「不動産」「外国通貨」などだけだろうとしています。
 ハイパーインフレの下では自国通貨は価値がなくなり、行きつくところは物々交換や他国通貨(過去の例では米ドル)が闇で流通するといった事態もありえます。円で物が買えなくなると日々の生活が立ちいかなくなります。その日の食べるものにも困ることになるでしょう。
 この本は昨年の10月に出版されていますが、その後大震災という新しい要因が加わったことで、状況がさらに混沌としてきました。一応、主要国は日本経済の支援を表明していますが、どうなるでしょう。
 震災と明確に異なる点は、残念ながら国債の問題は明らかに人災ということです。いずれにせよ、日本は今年から1~2年の間に歴史的な大転換点を迎えることになりそうです。それに対して何を心構えしておけばいいのか、各自が考えておく必要がありますね。

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ハブテトル ハブテトラン

中島京子さんの「ハブテトル ハブテトラン」を読みました。不登校になった小学校五年生の星野君が二学期だけお母さんの故郷の広島の学校に行く話です。私の両親も広島出身なので、登場人物の広島弁がなつかしく楽しく読みました。中でも祖父母の幼馴染のハセガワさんの破天荒なキャラクターに何とも言えず惹かれます。現地の学校の同級生の女の子オザヒロもいい味を出してます。久しぶりにさわやかな気分になりました。

ハブテトル ハブテトラン

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何が何でもハッピーエンド

 先日、新聞で「魔女の宅急便」の作家 角野栄子さんのインタビューがのっていました。印象的だったのは、劇作家のつかこうへい氏の言葉「何が何でもハッピーエンド」が信条だという箇所。「後味が悪い本はいや。ラストワンはファーストランにつながってゆく。」
 角野栄子さんは一度上野で講演を聞きに行ったことがあります。内容はあまり覚えていないのですが、今の図書館は貸してくれる本の冊数が多すぎるかなという話だけ頭にのこっています。
 「何が何でもハッピーエンド。」確かにいい言葉です。

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普段からの心構え#2

3月11日は、私自身も虎ノ門のオフィスから自宅まで徒歩で帰宅しました。約9キロくらいでしょうか。実はおととしの12月に、有楽町で宴会があった後に酔いざましをかねて徒歩で帰宅したことがありました。いざという時のために一度実際に道を確認しておこうという気持ちもあったのですが、その際は2時間半かかりました。実際にこういう事態が発生するとは思ってもみなかったのですが、その時の経験があったので、今回は最短距離に近いコースを歩くことができ、2時間ちょっとで自宅につきました。おおよその負担感が分かっていたので、比較的楽に歩を進めることができました。やはり体験したことがあるのとないのとでは気持ちの上でも随分違うものだと思いました。

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普段からの心構え

 震災、原発事故で東京でも懐中電灯、電池、ティッシュペーパーやカップラーメン、水のペットボトルがあっという間になくなり、牛乳やお米まで品薄になりました。これに対し、「買いだめはひかえて」としきりに言われていますが、無くなった物の内容はともかく、「多少の備蓄」がいかに普段できていないかを考えさせられました。備えあれば憂いなしとはよく言ったもので、災害対策の足りなさはいざ災害が起こってみると身にしみるものです。
 自分の生活を振り返ってみると、お米も1カ月くらいはもつ量があるのでO.K.缶詰類も多少ありました。ティッシュペーパーは普段からある程度買い置きしてあるのであわてることはありませんでした。みずほ銀行を使っていますが、給与振り込みが遅れ、ATMが停止したものの多少のエマージェンシーマネーでとりあえず対処できました。懐中電灯や手動発電のラジオもありました。調理用のガスボンベとコンロはいつか買っておこうと思っていましたが、準備する前にこの災害となりました。(オール電化ではないのでガスはとりあえず使え、問題はありませんでしたが。)こう振りかえってみると、多少は備蓄してあったなと思いますし、東京の震度5強でも意外に家自体のダメージは無かったのですが、やはり心理的にはかなりプレッシャーがあったのは確かです。それは、備蓄している物で今後どのくらい耐えられるかという想定とか心構えの部分が足りなかったなと思うのです。飲料水の配慮が不足していたのと、持ち出し用荷物をきちんとまとめてなかったなといった反省もあります。
 いずれにせよこうして見ると、災害への備えとは、いざというとき体が動くように、「普段からの意識」が本当に大事だなと思います。

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骨格が大事だ

いままでいろいろなスポーツをやってきましたが、筋肉をつけるとか強くするということは考えても、骨格、特に背骨と腰、肩、頭のバランスと強化を考えたこ とがありませんでした。骨格と筋肉が両方で体を構成している訳ですからこれは片手落ちでした。この歳になってようやく納得しました。こういったことに10代から気づいていたら随分人生が変わっただろうなと思いますが、まあとにかくがむしゃらに体を動かしていればそれなりに体力がついてきた時代ではなかなか分からないかなと思ったりもします。 

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わきを固める

 昔から肩こりがひどく、ときどき右の肩から首筋がこって頭痛がすることがありました。先週、太極拳の稽古をしている際、組み手の一つで、どうしても右肩に力が入ってしまいうまくいかないものがありました。その時はよく分からなかったのですが、その後いろいろ考えていると、「右のわきが甘くなっている」ということに気付きました。右ひじを脇腹につけるくらいの意識で力をぬいて肩を下げると、肩に力を入れずにこの型ができることが分かりました。「わきを固める」というと力を入れるような印象がありますが、わきを開けないで肩を脱力しながら構える状態で、逆に肩に力を入れないことがポイントになります。
 「わきが甘い」とは日常よく使うことばですが、奥が深いなあと感心した次第。これで肩こりもかなり改善されそうです。

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