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安全宣言という風評

 原発関係で「風評被害」という言葉がしきりに言われています。一方で、福島、茨城、栃木といった地域の農産物は大丈夫と言って、買う人も「協力したい」と嬉々として買っている姿がテレビでしきりに放映されています。政府も風評被害を食い止めなければ等と言っています。
 でも、ちょっと変じゃあないですか?放射能がまき散らされたのは厳然たる事実です。
一部地域ではかなりの被害があることは残念ながら認めざるをえません。であれば、何をもって「大丈夫」と言えるのか。やり方としては、どのくらいの放射能を発しているかをできるだけ細かいロットで測定して、その数値をニュートラルに公表することしかないのではないかと思います。同じ数値でも、人によって危ないと判断すべきケースもあるでしょうし、許容範囲と判断するケースもあるかもしれません。そういったアプローチしか、しきりに喧伝されている「風評被害」を減らす手段はないと思うのです。
 このような姿勢なしに「大丈夫」と言っているビヘービア自体、逆に極めてあやしい。恣意的なものを感じます。こういった感じ方って、一般的ではないんでしょうかね?おかしいなあ。

(と思っていたら武田邦彦さんも全く同様なことを書いておられました。)

「安全宣言」という風評
 

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