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2011年7月

義経千本桜

 先週になりますが、週末に「親子で楽しむ歌舞伎教室」というイベントで国立劇場に行き、「義経千本桜」の「渡海屋の場」と「大物浦の場」を観てきました。
 いわゆる「碇知盛」とよばれる名場面で有名な時代物です。始めに、義経を演じる尾上松也が子供むけに分かりやすく歌舞伎を解説してくれます。浄瑠璃、三味線、長唄、鳴物、黒子といった、普段は表に出てこない人達の役割などを紹介。長唄、三味線の人達がいきなりAKBの「会いたかった」を披露したのには子供達もびっくりでした。
 歌舞伎自体は、目にも鮮やかな衣装と舞台装置で様式美の極致。特に花道から引っ込む時の見得、間髪入れずに繰り出される「音羽屋!」、「三河屋!」といった掛け声は胸のすくような思いがします。知盛が碇に引きずられて海中に没した後、セリフもなく退場する義経、最後に残った弁慶役の市川團蔵が鎮魂の法螺貝を二度吹き、見得をして引っ込んで幕となります。この重厚な「間合い」は何ともいえず心に残りました。
 これまであまり観賞することがなかった歌舞伎で、二場だけでしたが十分楽しめました。国立劇場のゆったりした落ち着いた雰囲気もよかったです。

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ラインホルト・メスナー

 26日の日経新聞の文化欄に見慣れた写真が載っているのが目にとまりました。ラインホルト・メスナーがナンガ・パルバートの登頂に成功した際の写真で、大学の頃読んだ「ナンガ・パルバート単独行」の表紙になっていたと思い出しました。その後、「生きた、還った」という本も読んだのですが、これは美しい写真満載の写真集に近い本で、今でも手もとに置いてあります。何しろ無酸素・軽装備・少人数・短期間といった条件で8千メートル級の山々を制覇してきた孤高の超人ですが、久々にメスナーの名前を見つけて、「まだ健在だったんだ」という第一印象でした。
 趣旨としては彼の著書を下敷きにした「ヒマラヤ運命の山」という映画が8/6から公開されるということで、それ以外私にとってあまり内容的には目新しいことはなかったのですが、朝の忙しい中斜め読みした記事の中で「プロの登山家は自ら得たお金で自分のことをまかなう。遠征隊の一人として参加し、隊長の指示を仰ぎ、それに従うようなことはしたくないと思った」という文章が頭に残りました。
 映画も久しく見ていないので、たまには行ってみようかなと思っています。弟さんを山でなくしたことを軸にした結構重い映画のようですが。

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中国高速鉄道

 大事故から1日半で「通常運転」し、事故車両を穴を掘ってうめてしまう。中国で仕事をしてきた間の出来事を思い出しながら、いかにも中国らしいなあと淡々と思っています。ホテルに別々に逗留させられている遺族の不満の声がテレビでも流れていましたが、逆にこういう報道が全世界に流れることの方に時代の変化を感じます。

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宮里藍優勝!

 2009年7月27日に初めて米ツアーで優勝した同じ舞台で、宮里藍が優勝しました。前回この大会で優勝した時にブログに記事を書いた記憶があったので日付を調べようと過去の記事をさかのぼって見ていたら、なかなか見つからなかったのですが、考えてみれば去年ではなく一昨年でしたね。その後あれよあれよという間に6勝までいったのですが、1年近く優勝からは遠ざかって、最近はもう一人の宮里選手の方が目立っていました。しかし、ここで優勝して実力を見せました。この時期に勝ててよかったというコメントもいい感じでした。

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コンサル

 コンサル系の人から「目からうろこ」のような話を聞いたことがほとんどない気がする。現場のことは現場の人間が一番よく知っているので、現場の人間が悩んでいることを一刀両断に解決できるようなコンサルはなかなかできるものではない。特に真剣に物事を考えている現場に生半可なコンサルは禁物。コンサルティングは、ものごとの整理の仕方や、議論の進め方といった切り口で方法論を確立していることが大事で、現場の状況を的確に把握する技術をもって限られた時間の中でソリューションを提示、あるいは一緒に考える手助けをする必要がある。小手先の話ではなかなか現場に太刀打ちできない。
 上海である大手企業のプレゼンを受けたことが何回かありますが、ある時、話が中国のビジネスの難しさ延々と説明して終わってしまったので、「それは我々が毎日直面して困っていることでよく分かってます。それをどうしたらいいかを知りたい。」と最後に質問したら、担当者がうっとつまってしまい、東京の本社からわざわざ出張してきた先方役員がひきつっていたことがある。当方の役員(こちらも東京から出張)も「次回はもっと胸を打つプレゼンをお願いします。」と発言して閉会。相手には少し気の毒だったが、当時は自分自身毎日どうやったら現状打開できるのかを一生懸命考えていた時期だった。以降、私も「胸を打つプレゼン」ということばは時々思い出すようにしている。

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セシウム牛

 いろいろな切り口で線量測定を組織的に行わなければいけない状況だと思うので、その意識が広がることは期待したいところですが、現在セシウム牛の問題だけが喧伝されているのは不思議です。これも何かの利権がからんでいるのか、アメリカ等の外圧なんでしょうかね。そう思わせるところが情けない状況。

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トーキョー・ストレンジャー

 次女に何冊か本を勧められて、今日はそのうちの姜尚中氏の「トーキョー・ストレンジャー」を読んでみました。テレビや雑誌への露出も多い人ですが、これまで本も雑誌の記事も読んだことがなかったので新鮮でした。よく物を考えている人だなと思うのですが、やや違和感のあるところもありました。
「2008年に亡くなった評論家の加藤周一さんが言っていたのは『ものの善し悪し』を議論することなく、『もののあわれを感じるか、感じないか』『好きか嫌いか』で考えていると、結局、主観によってしかものごとの判断ができなくなるということでした。/確かに世の中は主観なしには語れません。しかしすべてのものごとを主観にどう映るかによって判断し、客観性がなくなると、ものごとを普遍化することができなくなる。違う考えや違う信仰をもった人たちと、何か共通理解をつくろうという意識が生まれてこないのです」/歴史の中で起きている出来事も、すべて自然現象に還元してしまうことになりかねません。桜の花びらが散るように、戦争によって、人の命も散っていくのだと。」
「でも、本当の美しさとは、唯心論では得られません。もちろん唯物論でもない。人と交わり、ものと交わるなかで、感じるものだと私は思います。だから美しさとは決してピュアなだけのものではないと思う。」
 うーん、言わんとする所はかなりよく分かるんだけど、この辺ちょっと自分のメンタリティー、感性と違うなという感じ。ただ全般にかなり共感できるところの多い本でした。「ソウルで気づいたのは、”本当の自分”は、すでに自分の中にあるということでした。」というのは大いに同意。数多くの写真の中で、笑顔は2~3枚なのですが、新大久保の章の写真だけがリラックスした笑顔なのはご愛嬌かな。

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好きなこと

好きなことをやって飯が食えればそれにこしたことはないけれど、仕事が100%好きなことだけという状態はありえない。飯を食うために人生の大半の時間を費やす「仕事」であれば、望むらくは、少しでも多くの喜びを感じていたいのが人情。今やっていることに「好き」な要素をどのくらい見いだせるか、あるいは「好き」な要素を付け加えることができるか。それができるかできないかというのは、個人の資質によるところもありそう。「創意工夫」とか「好奇心」とか「がまん強さ、ねばり強さ」、「素直さ」等々というキーワードが頭にうかぶ。一方で最初から嫌な仕事だと、なかなかそういった転換のハードルが高いでしょうから、仕事を選ぶ切り口として「好き」、「面白そう」という視点はハードルを少しでも低くするという意味ではやはり大事かも。あるいは、いろいろな事ができる可能性のある環境という見かたもあるかもしれない。といってもまずは日々の暮らしを立ちいかせるためには選択の余地もないという状況もままあるわけで、現実はなかなか厳しい。

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個人の時代

S.ジョブスへのインタビュー(当時29歳) (下線、佐々木)

PB:狂ったように偉大なアイデアを持った人と、そういうアイデアを否定する人の違いはなんでしょう?
SJ:IBMと比較してみましょう。MacグループはなぜMacを作り、IBMの人はなぜPCjrを作ったか? 僕が思うにMacはものすごく売れると思いますが、僕らはMacを他の人のために作ったわけではありません。自分たちのために作ったのです。だから僕ら自身が、それが偉大かどうかを判断できたのです。だからマーケットリサーチも必要ありません。僕らはただ自分たちの出来る最高のものを作りたかったんです。
もし自分が大工で、美しいチェストを作ろうとしているなら、背面には合板なんて使いません。それが壁に面していて、誰も見ない場所でも、です。それ がそこにあると知っているのですから、背面にも美しい木材を使います。夜にぐっすり眠るためには、美しさや品質を貫いていく必要があるんです。
PB:つまりPCjrを作った人たちは、製品にそういうプライドを持っていないということでしょうか?
SJ:
もしそんなプライドがあれば、PCjrを作っていないでしょう。僕から見れば、あるマーケットのセグメン ト、特定のデモグラフィックの顧客をリサーチした結果に基づいてデザインされたのは明らかです。彼らはそれを作ればたくさんの人が買ってもうけられると考 えたのでしょう。それは違うモチベーションです。Macグループの人間は、今までで最良のコンピューターを作ろうとしたのです。

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Apple、IBM がどうこうという話は別にして、興味深い記事でした。

経営の世界では「マーケットリサーチ」とか、「顧客第一主義」とか一般的には言われるのですが、大衆迎合的なレベルではなく、彼らが「びっくりするようなアイデア」、「共感を呼ぶようなライフスタイル」を提示することが大事ではないでしょうか。それは個人ベースの感性、嗜好のゾーンに入ってきます。おそらく「提示」というよりも、それをやっている人は好きでやっていて、周囲がそれに共感していくイメージになるでしょうか。個人の力量(大げさ?本人は好きでやっているから。)が問われる世界とも言えます。ネットの時代は、そういった個々の輝きを伝播するには好都合な環境だと思います。(ネットについて言えば、吟味されていない意見や情報が短時間に広まってしまうリスクがありますから、リアルな世界とは別のネットで生きるためのスキルや文化という概念も必要。それも含め個人の力量が一層問われます。)
一方で、このようなことを言っていられるベースは皆が「飯が食えている」状態ということになるでしょうから、限られた国や地域でしかあてはまらない考え方かもしれません。その辺のバランスの問題も興味深い切り口です。
「教育」について考える時も、その辺が一つの視点になるような気がします。

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どんぐり

 去年の秋に拾ってきたどんぐりを三つの小さなポットに植えておきました。近くの荒川自然公園で10個ほど。千葉のヌーヴェルゴルフ倶楽部に行ったときに拾ったものが数個。今年に入って随分長いあいだうんともすんともだったので、こんなんじゃ芽はでないよなあと半ばあきらめていたのですが、なんとその後しっかり芽を出し葉を広げています。
 残念ながら3つのうち1つのポットは今はほとんど枯れてしまったのですが、それでも残りに2つはなんとかがんばっています。1~2年くらいポットのまま育ててから地面に植え替えるといいのだそうですが、もしこれが丈夫に育ってくれたら愉快だなと毎日見守っています。

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勇気と希望

 18日のなでしこジャパンの優勝は、東日本大震災と福島第一原発の事故、その後の対応の不手際により今後長きに渡って厳しい状況を背負ってしまった今の日本の惨状の中で起こった出来事として、どう考えても神がかっていたと感じました。少なくとも私個人にとっては「ありえない」級の出来事でした。言葉を変えれば「奇跡的」と思えるのですが、この一連の出来事を自分なりに整理してみると、奇跡というのは、人の心にわき起こる「勇気と希望」のことなのではないかと思いました。
 彼女達が今まで一度も勝ったことのない相手に、再三がけっぷちに立たされながらも最後に勝利を手にしたということ、それ自体が今の日本の状況を何ら具体的に変えるものではありません。ただし、このひたむきさに、絶望の淵に立つ人の心がいくばくかでも勇気づけられ、将来への希望の灯を絶やさない気持ちに多少なりともなったならば、それが奇跡というものなのかと感じるのです。

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その者青き衣をまといて黄金の野に降り立つべし

「その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし。失われし大地との絆を結び、ついに人々を青き清浄の地に導かん。」(風の谷のナウシカ)

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昨日偶然ナウシカについてtweetしていたのですが、このことだったのか!

その者青き衣をまといて

my tweets

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なでしこジャパン、ワールドカップ優勝!

 優勝戦で今まで勝ったことのなりアメリカに勝って優勝。ここまであまり女子サッカーには注目していなかったのですが、これはすごい試合でした。2回先行されて延長戦残り2分前後の土壇場で澤選手のスーパーゴール。PK戦のゴールキーパー海掘選手のファインプレーも素晴らしかった。勝利の歓喜の中、監督、選手たちのインタビューも非常に落ち着いて受け答えしていたのが印象的でした。試合を重ねるごとに強くなっていき、本当によく練れたチームと見てとれました。このワールドカップ優勝は正に日本サッカーの歴史に残る金字塔です。

なでしこジャパン優勝

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my名刺

 my名刺を作ってみました。会社とは無縁の個人のデータだけのネームカードです。思ったとおりの出来ではありませんが、これはこれで結構面白い存在。

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結構忙しかったなあ

 先週はブログも月曜以降書いていませんでした。火曜と木曜に日本語ボランティアの養成講座に参加し、水曜と金曜は接待等で飲んでいたので、帰宅後時間がない状態でした。仕事も新しい部署に異動したこともあり結構忙しく、この三連休はありがたいです。
 日本語教室の方も非常に駆け足なので、テキストを読みこんで、どういう手順で教えるかをよく準備しておかないとついていけなくなります。昨日の土曜日、日中は暑かったので家の中で自分なりの教材を作ったりしていました。夕方、日が翳ったところで町屋に散歩に行き、TSUTAYAで立ち読み。都電荒川線散歩という雑誌と、中国語ジャーナルがジュディオングのインタビューだったので買ってきました。ずっと前に英語のヒアリングマラソンを受講した時にイングリッシュジャーナルが毎月送付されてきたのですが、これが結構面白い雑誌だったのを思い出しました。毎回いくつかのインタビューを収録したCDがついており、会話の内容が雑誌内に収められているので、聞き取れないところを文字で確認していけるのでよかったです。中国語の方も興味のあるインタビューの時はたまに購入しています。
 ということで、連休二日目。今日も暑いので、ゆっくり過ごします。

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男の日傘

 これだけ暑いと、直射日光を避けるために男でも日傘をさしたくなります。「男の日傘」も一部では見られるようですが、まだまだ日常の風景にはなっていませんね。そう思って見ていると、そもそも女性でも日傘をさしている人はそう多くはない感じ。男性でも日傘がみっともなくないようにするにはどうしたらいいかちょっと考えている今日この頃です。今週は東京でも日中34度前後の暑さになるようです。いやはや。

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傾聴ボランティア

 いろいろな人と話をしていると、人の話を聞いてきない、聞かない人が極めて多いように思います。傾聴ボランティアという活動がありますが、日常生活でも毎日傾聴ボランティアをやっているような気がしてきます。

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日本語ボランティア

 荒川区国際交流協会が毎年実施している日本語ボランティア養成講座の夜コース第一回目に参加してきました。今週は仕事が変わって引継ぎ期間中なのでかなり疲れ気味ですが、「今年は新しいことをやるぞ」シリーズの一つとして行ってきました。
 日暮里駅近くの荒川区の施設で7時から9時までの約2時間、極めて実践的に日常会話を教える手法を練習します。7月に7回、12月に5回、その間の9月から実際の「外国人のための日本語教室」のお手伝いをしていくというメニューですが、今日は15人ほどの人達が集って、皆さん熱心に取り組んでおられました。日本人にとってはあたりまえの日常会話ですが、逆にこれを外国語として覚えようと思ったら、相当大変だなあと思います。とりあえずできるところまでやってみようと思っています。

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ジョギング

 久しぶりに帰宅後ジョギングで隅田川沿いまで行ってきました。今年に入って体を動かすのは、朝晩の通勤時のウォーキング(合計1時間から1時間半)と太極拳だけしかやっていなかったので、少し心拍数を上げる運動が必要かなと思った次第。
 太極拳のおかげで足は全然問題無かったのですが、やはり心臓がドキドキで大変でした。とはいえ肩のこりもほぐれ、気持ちのいい運動になりました。

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失敗から学ぶこと

 37シグナルズの「小さなチーム、大きな仕事」の中で、「『「失敗から学ぶこと』は過大評価されている」というくだりがある。
 「失敗は成功の源ではない」とし、成功だけが本当に価値ある体験なのだと言いきる。「『失敗から学ぶ必要がある』と言われるが、失敗から何を学べるのだろうか?してはいけないことは学べるかもしれないが、それにどんな価値がある?次に何をすべきかがわからないではないか。」
 ここで個人的に思いだすのは、かつて悪太郎と呼ばれたジャイアンツの堀内投手が殿堂入りした時(だったと思います)の新聞記事だ。負けん気の強い堀内は、「叱責されて学ぶことは何もなかった」といった趣旨のコメントをしていたように記憶している。堀内氏はかなり素行に問題のある人だったらしいが、この記事は切り抜きもしていないが、妙に私の記憶に印象深く残っている。(ちなみに堀内氏は2010年10月に大腸がんで亡くなっています。)
 これらはいずれもポジティブ思考というか、楽天的な生き方だが、どう表現するかということはともかくとして、一つの切り口であることは確かだという気がする。

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円高の弊害

 藤巻健史氏の「マネー避難」を読んでみました。
 国際・株・株のトリプル安を予想し、資産を守るための外貨分散投資の重要性を説いています。「今、資産にも安全を求めるのなら、これだけの政治力、経済力、軍事力のある米国にまずは資金を避難させるのは当然かと私は思います。」と、ドルに関しては相変わらずかなりの重きを置いています。この辺はまあ従来の論陣の延長線ですね。
 面白いなと思ったのは、経済復活のソリューションとして、「電力料累進課金制」を説いている点でした。簡単に言うと電気代の値上げですが、規制や計画で電力量をコントロールしようとすると、「不満」「見解の相違」「差別観」「不公平感」がでてきて非効率。要するに経済を規制や倫理観、思いやりでコントロールするのは、基本的に無理なので、こういう時こそ市場を活用すべきと主張しています。これにより代替エネルギーの開発も加速するという見かたです。
 最後にまとめとして日本経済の低迷の主な原因を過度な「円高」で説明し、為替が国力を反映して動かなかったのは、日本が本当の資本主義ではなかったからだという分析を展開しています。結論としては、財政破綻と今回の震災で「大幅円安」がすすみ、その荒波をのりこえた先に国際競争力の回復への道が見えてくるというシナリオを展開しています。
 通貨を安く保つことが経済の国際競争力につながるというのは、中国の元を見ていれば分かり易い話です。同志社大の浜矩子さんなどは「1ドル50円時代」を予想していますが、藤巻氏の円安予想との関係を考えると、おそらく後者は国債のデフォルトをトリガーとする日本経済の枠組み崩壊というイベントを軸に展開するシナリオなのかなと思います。前者 はこういったイベントのでこぼこにフォーカスするというよりは、もう少し巨視的に見ているのかもしれません。前者は学者のスタンス、後者はディーラーのスタンスという印象もあります。両者をミックスして今の状況を考えると、米国はドル安によってしたたかに自国経済の立て直しを考えているとも見えます。逆にそれはイコール日本経済にとっては負担のしわ寄せになります。
 いずれにせよ、我々の関心としては明日の生活がどうなるかという点が気になる訳ですが、ポイントは、今後、日本経済の枠組みの壊れ方の「度合い」がどの程度になるかという点かもしれません。その度合いを少しでも軽減するという観点で物を考えた方がよさそうですし、今回の震災、津波、原発事故で「壊れる」シナリオの現実性が高まったと考えるべきでしょう。身の丈に合わない生活をしてきたツケに支払う代償はとんでもなく大きいものになりそうですが、一方で、ここまでこないと旧態依然たる体制は変わらなかったのだろうなということも事実として受け入れなければいけないのでしょう。

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