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2011年10月

自分の写真

 先日必要があって自分が一人で写っている写真を探してみました。しかし探してみるとなかなか適当なものが無いことに改めて気付きました。「あっ、あの写真がよかったな」と思いついても、デジカメ以前のものだったり。今はフィルムの写真もスキャナーで相当きれいに保存できるようですが、なかなかそこまで手がまわりません。
 デジカメで電子的に写真をストックするようになったのはこの10年くらいですが、それ以降の分も殆ど家族の写真が多く、自分一人で「うまく」写っているものは殆どありませんでした。そう考えると、機会を見つけて、旅行に行って風光明媚な場所や、近場でも東京タワーやスカイツリー、富士山等々を背景に記念写真をとっておくのもいいかもしれないなと思いました。

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ネットの時代は面白い

 この週末はひどい風邪気味で、ほとんど家の中で寝たり起きたりしていました。時間があったのでYouTubeやUstream を随分見たのですが、いやーいろんなジャンルで玉石混交いろんな情報がとびかっていることに改めて驚きます。政治やマスコミで大きくとりあげられている問題が、ネット上では殆どの意見がその「逆」を主張しているイシューもあり、どうなっちゃってるんだろうと思ってしまいます。大新聞の比較的大きな記事で、「~に対し、ネット上で批判が高まる」という見出しがあったのも笑いました。「ネット上」ではありとあらゆる意見がとびかっている訳で、都合のいいところだけ切り出してネット上でその意見が大勢を占めているような言い方は違和感があります。
 一方で、新聞、テレビしか見ていなかったらこういった情報は殆ど入ってこない訳ですから、その意味では荒っぽく言うと、世の中は大きく二分されてきたのかなという気もします。  
  ただネット上の情報や意見がどういう形で現実社会に影響を及ぼしてくるかがまだ見えないところがあります。ネットリテラシーのある人達が実際の生活の中で今までと違ったライフスタイルを作っていくことができるのか、これからの世界に興味はつきません。

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再び「日本の若者は不幸じゃない」

 福嶋麻衣子さん、いしたにまさき氏の「日本の若者は不幸じゃない」(ソフトバンク新書)を読み返してみた。とくに「もふくちゃん」こと福嶋さんの文章には、現代の若者の雰囲気をリアルに伝える筆力を感じる。一時代前のフレームワークで見れば感じ取ることができないかもしれないが、2011年という過去と未来の歴史の断層になるであろう時間帯を過ごしている感覚の中では、妙に説得力を感じてしまうのだ。芸大を出て自らコスプレをしたり秋葉原にとりつかれた体験を通じて熱いながらも冷徹な目で現実を分析し、ビジネスを考えていること、それを自分の言葉でストレートに表現する姿勢にインパクトを感じる。活動の本拠となっている秋葉原ディアステ―ジでは多くの若者が毎晩「おた芸」に熱狂して、我々の年代はいささか場違いな感じなのだが、それも福嶋麻衣子の目(フィルター)を通して見ると、「なるほどね」と妙に納得できてしまうから不思議だ。

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湧泉穴

 足の裏に湧泉穴というツボがある。足底の親指と第2指の間の付け根から足の中心に向かって5~7センチの所ということになっているが、太極拳で地面に足を置いている時、この湧泉穴を意識して、ここを中心に体重をバランスよく足裏に分散させしっかりと地面につけるといいと聞いた。しかしながら、自分の場合どうもO脚ぎみに外側に体重が流れてしまう。ローラーブレードやスケートでも外に足が曲がってしまうとうまく滑れない事を思い出した。また、仰向けに寝転がって足をまっすぐそろえた時、足先がどういう角度になるかで、体のバランスが分かるというので、やってみると左足が大きく外側に傾いてしまう。おそらく腰のバランスがくずれていることも影響しているのだろうと思い、紐を直径20センチくらいの輪にして両足先にかけ、両足がまっすぐ、あるいは内またになるような感じで腰から足を動かして軽くストレッチをしてバランスを調整するよう試みてみた。寝る前もこういったことを繰り返し、普段歩いている時も体重が足裏の内側にかかるように意識していたところ、随分足の運びが変わってきた感じがする。湧泉穴を中心に体重移動ができるような気がしてくる。
 昨日、こういった意識で太極拳の稽古をやってみたら、これまで分からなかった型が「なるほどこういうことね」と腑に落ちたのが面白かった。

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シンプルライフ

 断捨離という言葉がはやっているらしい。この流行とは無縁だが、我が家でもこのところ物を大量に捨てている。現在の家に落ち着くまでに既に大量の物を捨ててきたのだが、それでもだんだん物が増えてくる。思い出の品も相当整理したが、まだまだ出てくる。
 ということで、気持ちの上ではいつもシンプルライフを目指しているのだが、実際は身のまわりにはいつも大量の本や写真や着るもの、酒瓶等々がうずたかく積み上げられている状態である。
 一方で、ITの世界ではクラウドや検索機能の発達で「捨てる」とは逆のトレンドとなっている。つまり大量のデータを保管、管理できる環境が飛躍的に発達してきたことで、タグをつけたりして容易に検索できる工夫をすることで情報をどんどんためこむことができるようになっている。本も電子辞書化して、それがキーワードで全文検索できるようになるに至っては、やりようによっては途方もないことができる素地が整ってきている。電子化によってモノを減らしながら情報の蓄積と活用が従来とは次元の違うレベルで達成できるのである。小山龍介氏の「クラウドハック」等を読むと、単なるノウハウ本を超えて、ライフスタイルを本質的に変えていこうという意気込みさえ感じる。
 ということで私自身もいろいろ新しい事に少しずつ手をつけているのだが、身辺も物の考え方もいまだに雑然としているので、まだまだシンプルライフを極める道は長いなあと思うのだ。

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日下公人「いま、日本が立ち上がるチャンス」

 80歳も越え、依然として深い見識と自由自在な発想、バイタリティーに衰えはない。考え方の枠組みが確立しているので、どんな状況に対してもクリアーに頭の整理がされている。かつて長銀の竹内宏氏は日下氏を評して「なまずのような人」と評していたものだ。
 本書も原発事故以降の状況に関し大局的な観点からいろいろ論じているが、底流に流れるメッセージの私なりの理解は、結局のところ「自分の足で立って生活、人生を切り開け」である。
 あとがきだけ少し抜粋したい。「東日本大災害を機に、日本は大きく変わり始めた。これまで日本の舵取りをしていた人の信用失墜にともなって、庶民のパワーが上昇してきた。庶民の世界は昔より理屈より常識、理論より実際、理想より現実で、時代がそのようにきりかわっていくと、これまでの時代がいかに思いこみだらけだったかが、見えてくる。学校で教わったことにかわって、子供の頃、父母、祖父母から聞いた話が耳に復活してくる。日本人の暗黙知が蘇ってくる。漢語や英語ではうまく表現できないその気持ちの盛り上がりは地下のマグマが上昇してきたように感じられる。お偉方の信用失墜は大きな表層雪崩のように感じられ、大災害はそうした意識革命への契機になっている。その結果、日本には何が起こるだろうか。これから始まる日本の変化について、日本人はいまのところ五里霧中だが、やがて一段落すれば分かる。そして災害前と災害後の時代区分ができるようになり、そうした大きな日本の変化をうけて世界が変わる。・・・それより、日本では文化や風流の世界が大事で、近代を超えた芸術、幸福、教育、礼節の世界を内包した復興の話をしないと日本は日本でなくなる。日本はいずれそれをなしとげると思うが、そのことについてはまた機会を得て書くこととしたい。」
 日本屈指の頭脳の一人として今後も長くお元気に活躍されることを祈るばかりである。

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カンフーはどこにでもある。

 往年の空手映画「ベスト・キッド(原題The Karate Kid)」をジャッキー・チェンとウィル・スミスの息子でリメークした2010年の映画の中のセリフです。
 ジャッキー・チェンが少年にカンフーを教える最初の段階で、上着を脱いで地面に落とし、それを拾ってくいに掛けるという動作を延々とやらせます。少年はその動作が実はカンフーの基礎訓練になっているという意味が分からずふてくされてしまいます。しばらくしてジャッキー・チェンが言うことばが「カンフーはどこにでもある」。リメーク版は主な舞台を中国に移し、空手ではなくカンフーを少年に教えるストーリーになっていますが、普段の生活の所作の中にもカンフーはあるという教えには興味をひかれました。
 映画自体は、アメリカから始まり中国のゴミゴミした路地裏から名所旧跡まで縦横無尽に舞台にして、部分的にはいささか中国の観光案内風の時間帯もありますが、娯楽作品として楽しめるものでした。
 私自身は空手もカンフーもやったことがありませんが、太極拳の稽古を通じて感じるのは人間の体の動きを長い時間の中で極めて合理的な型に昇華していることです。もし「ラジオ体操はどこにでもある」と言われたらちょっと笑ってしまいますが、「カンフーはどこにでもある」は私にとって、なんとなく腑に落ちるセリフでした。

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学友との週末

 この連休で大学の同級生が上京することになり、結構ハードなスケジュールで東京見物をしてきました。
8日
お昼すぎに東京駅で合流。東西線で早稲田に直行。
10月8日は「そばの日」ということなので、お昼ご飯は老舗の金城庵で「かつどん定食ミニそば付」にビールとお酒で乾杯。その後、部室を訪問。鍵をあけて待ってくれていた大学1年生の学生さんとしばし語らう。
東京駅に戻り「はとバス」に乗り込む。下町探訪で浅草に行くものと思っていたら、何故か最初六本木に直行し、そこの一つの店で「おいらん道中ショー」というのを見学。その後ようやく浅草へ。天麩羅処葵丸進という店でにぎり寿司少々と山盛りの天麩羅(それに焼き物もついてましたな)を食す。昼食が学生街の定食で満腹のところへ天麩羅攻撃でいささかお腹が苦しい。お腹いっぱいで苦しがっているとガイドさんの声がかかり浅草演芸ホールへ。浅草演芸ホールで4席見たところでバスに戻り、東京駅で解散。
秋葉原に移動し、「日本の若者は不幸じゃない」(ソフトバンク新書)の福嶋麻衣子さんの店ディアステージに突撃。オタ芸に熱狂する常連さん達に圧倒されて一日目のスケジュールは無事終了。昔秋葉原デパート、現在は改装されてアトレとなった建物に入っているスタバで閉店間際に駆けこんでクールダウンしながら今日の精算を済ます。その後AKB48カフェを外からながめて解散。
9日
朝9時から再びはとバスへ。東京スカイツリーベストビュードライブという1時間コースに乗り込む。バスはオーソラミヨ号という2階建てオープンバス。(オープンカーで高速を走るという夢を果たす。)昨日夜バスで通った道を、今度は朝の明るいうちに通り、押上へ。1時間の短いツアーを終え東京に戻ったところで、学友はちょっと前田敦子似(?)のガイドさんと記念写真。
東京から中央線、山の手線で新大久保コリアンタウンへ。ゴミゴミした細い道沿いに所せましと店が立ち並ぶ一角で昼食。ビールとマッコリをヤカン2つ飲んでほろ酔い気分。そのまま歌舞伎町を通りぬけて新宿で中央線に乗り東京駅に戻る。
友達が乗る新幹線の時間まで新丸ビルのオープンカフェでまたビール。いい気分となったところで全行程終了。
いろいろな要素が多すぎるので、少し頭の整理をしたところでまた何か書いていきたいと思いますが、まあこんな感じでした。実際に動き回るとやはりいろんな刺激がありますね。あしたもう一日休みでよかったあ。

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スティーブ・ジョブス逝く

 享年56歳という若さに改めて驚きます。やはり2011年は時代の変わり目となる特別な年に違いない。

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ソーシャルメディア間の連動 #2

  ということでTwitterとFacebookの連動を遮断しました。これで従来どおり気ままにTweetできるようになりました。ブログも手動でFacebookに流し込むようにしたので、Facebookの内容を自分でアレンジできます。こうしてみるとFacebookはちょっとあらたまった名刺のようなものですかね。ソーシャルメディアの特性を活かしながら利用していきたいと思います。

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ソーシャルメディア間の連動

 ブログとFacebookの連動を「手動」にしました。最初ちょっと面倒だなと思ったのですが、考えてみると、好きなものだけFacebookに流せるので、これはこれでいい面があるなと思いました。何事もやってみるもんですね。
 これに加えてTwitterの記事も好きなものだけFacebookに流せたら、Facebookの記事を自由にコントロールできるメリットがあるんだけどなあと考えています。特にTwitterは気分によって気軽にTweetできるのがいいところなので、それが全部Facebookに連動するのは、それはそれで「ウザい」感じ。私の場合、Twitterは不特定多数の人をフォローしフォローされているのですが、Facebookの方は基本的に面識のある人だけと「友達」になっているので、自然、発言内容が変わってきます。といって、ブログとTwitterとFacebookのそれぞれに書き込みするほどパワフルではないので、発言の母集団の大きいTwitterから適宜Facebookに流し込めたら都合がいいんだけどなあと思う次第です。

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季節の変わりめ

 この秋一番の寒さということで、今朝は通勤時も日なたを探して歩くような感じで、数日前まで日陰をつたって歩いていたことがうそのような寒さでした。昨日半袖で出かけたのが災いして、やや風邪気味になってしまいました。昨年の猛暑の時も10月になったらパタッと肌寒くなったのを思い出します。いわゆる「クールビズ」が9月いっぱいまでだったので、このまま10月になったらどうなるんだろうと心配したのも杞憂に終わりやれやれと思ったものです。今年のクールビズは10月14日までですが、もう長袖に上着という格好で大丈夫なようです。ぐっと気温が下がるこの時期は頭がさえてくると思っているのですが、今年はどうでしょうか。出だしで体調を崩してしまったのでやや鼻白んでしまいますが、とりあえずあせらずにいこうと思います。読もうと思って放ってある本も身の回りに山になっていますので、秋の夜長、あたたかくして次の一手を考えたいと思います。

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ブログ~Facebook連動テスト

 何の拍子か、ブログとFacebookの連動が切れてしまったので、再設定してみました。うまくいくかな?
⇒うまくいってないね。
⇒マニュアルでなら連動するかぁ。

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ブログを書く

 このブログを開設したのは2007年5月13日です。最初は毎日1つのペースで何か書こうと思っていました。当時は題材となるものを探すのが結構大変で、何について書いたらいいんだろうと、小さなメモを持ち歩いて材料をメモしたりしたこともあります。
 その後だんだんペースが落ちて、特にTwitterを始めてからは1週間に一度何か書くというのも普通になってきましたが、「つまらないことならば書こうと思えば何か書ける」という気持ちはあります。その辺はこの4年あまりの変化かもしれません。もともと人に読んでもらうというよりは自分の備忘録、日記的に始めたものなので、内容としては自分で読み返しても取るに足らないことを書いているなと思います(読んでくださっている方ごめんなさい)。さらにTwitterなどを眺めていると、社会への憤りや自己啓発的なことは他の人が散々書いているので、あえてそこに自分が何か更に言ってもねという感じにもなって、ますますブログを書く間隔があいてきたような気がします。
 現在、自分のライフスタイルを少し変えるような仕込みをしつつあるのですが、その辺がもうちょっと具体的になってくると、自分のオリジナリティーを出したもう少し面白い記事になるような話題があるんだろうなと思っています。

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林家たい平独演会

 長女のお友達にチケットをいただき、林家たい平の独演会に行ってきました。会場は「なかのゼロ」小ホール。演目は最初に古典落語「らくだ」、休憩をはさみ弟子の林家あずみさんの話の後にこれも古典落語の「宿屋の富」。
 独演会という形式の落語は初めて聞きましたが、一席15分とか20分程度しか時間のない寄席と違って時間が十分とってあるので一つ一つの落語をじっくりと聴けるという点で大いに楽しめ、いいもんんだなあと思いました。特に「らくだ」は熱演で、夕食を食べずに会場に入ったので、屑屋が酒を飲む場面では思わずおなかがなってしまいました(笑)。話としては火葬場でのサゲまでは行かず、酒が入って形勢逆転した場面で終わっていましたが、十分まとまりのある話になっていました。林家あずみさんは昨年から弟子入りした方のようですが三味線をひきながらの華のある漫談を披露していました。最後の「宿屋の富」も最初のほら話、湯島天神での人々の描写をていねいに話して会場をわかせていました。 
 落語もこういった独演会や一門会といったイベントもいろいろ行われているようなので、少しずつのぞいてみたいなと思いました。

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