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2011年11月

夜行バスの旅

 金曜の夜行バスで大阪に行き、神戸の王子スタジアムで行われた女子タッチフットボール東西王座決定戦に出場した三女の応援に行ってきました。
 以前徳島に旅行した時と同じバス会社の3列シートの車両を予約していたので、勝手知ったる旅という感じでしたが、今回は徳島行きのバスを大阪で降り、そこから阪急で神戸方面に向かいました。試合後再び大阪に戻り、帰りのバスを待つ間に「日帰り温泉」で疲れをとり、食事を済ませました。天気もよく絶好のスポーツ観戦日和。久しぶりの大阪、神戸は駆け足でしたが気分転換になった小旅行でした。
 阪急電車は深緑のシートとこげ茶色の車体がクラシカルないい感じでしたし、事前にネットで調べておいた日帰り温泉も思った以上に広々としてリラックスできました。週末ということもあったのか、子供づれの人が多く、面白いなと思いました。子供達はみなのびのびとした感じで楽しそうで、ちょっと関東とは感じが違うなという印象がしましたので、これについてはちょっと覚えておきたいと思います。温泉でゆっくりしたので帰りのバスは熟睡できて疲れも残らず、一つ旅のパターンができた感じがしました。
 旅行というのは最低限の荷物とスペースで生活を組み立てていく作業なので、いろいろな工夫が必要となり、それが楽しいとも言えます。制約のある中で暮らした後で我が家に帰った時、何でもそろっている生活に改めて気付く。それが旅の意味かもしれません。不自由な旅の生活もリラックスしてリフレッシュすることができれば、それが旅慣れているということでしょう。そのための工夫の引き出しを作る作業がまた楽しいものです。趣味は旅行という人も結構いますが、私の場合は、いろいろな場所に行って見聞を広めるという以外に、そういった部分も旅の楽しさだと思っています。「坐って半畳、寝て一畳」、旅行というのは案外「タフ」なアクティビティーです。

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近未来小説 (だが想定された2001年からの数年は既に過去になっている)

Twitterのあるつぶやきをきっかけに、村上龍の「希望の国のエクソダス」を読んでみました。久しぶりに日本人の小説を読みましたが、面白いシーンがいくつかありました。全体の感想を書く気力がまだ無いので、とりあえず印象に残った部分をいくつか抜粋してみます。

・日本経済はまるでゆっくりと死んでいく患者のように力を失い続けてきたが、根本的な原因の究明は行われず、面倒な問題は常に先送りされた。・・・つまり誰も本当の危機感を持てなかったのだ。
・これからも日本に残っていて欲しい人材ほど、海外でも仕事ができる。
・モンゴル人は・・・農耕は必ず過剰生産を生むこと、そして過剰生産を続けると、大地や大河でさえいつかは枯渇するということを本能的に知っていたわけです。
・つまりオンラインとオフラインをどうしても結ばなくてはいけない部分があって、それをこまめにやっていくということですけど、これが、数をこなすとけっこうな収入になりそうなんです。
・要するに輸出主導型の高度経済成長という過去の遺物に捉われて、必要な変化を見失っていたということになる。
・結局のところ、それは閉塞感だったとおれは思う。
・いずれすべてが正常に戻るときが来る、という期待感を誰もがまだ持っていたのだ。もちろんまったく根拠のない期待だった。
・大前提的な庇護を失い、個人が個人として生きるようになるという概念をまだ日本人は持つことができないでいるが、共同体と個人の関係性だけはなし崩し的にすでに変わりつつある。
・この国では・・・0.000001パーセントの確率で起こる超大規模のアクシデントやクライシスに対しては最初からリスクの算出はやらなくてもいいということになっているんです。
・多くの日本人がある事実を知ってしまった。それまではメディアが必死に隠蔽していた格差が明らかになったのだ。これからの日本人の成功者はその栄光と富を日本人全体に還元したりしないということが明らかになった。いつの頃かメディアは勝ち組と負け組という便利な言葉を使わなくなった。そういった言葉は勝者と敗者が曖昧な時代には有効だった。
・ストック循環・・・道路や橋やダムが再投資を必要とする時期のことです。
・変化に対して個別にアイデアを出せる人間の絶対数が不足していた。全体を牽引できるエリートが国民の5%を超えて存在する場合にその国は没落を免れる、というのは2005年当時に流行ったイギリスのある高名な政治学者の説だ。日本はその数を確保できなかったことになる。 等々

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カレンダー

 来年のカレンダーを用意する季節になってきました。先日、JALのカレンダーが送られてきましたが、ここ数年サイズが小さくなっていたのが、今回は以前と同じサイズに戻っていました。このカレンダー、各国の風光明媚な景色の中に女性が佇んでいる写真で、パッと目にはさほどの派手さは無い印象を個人的には持つのですが、見あきないという点ではよく考えられており、そういった写真もあるんだなと感心します。そう思っていたら、昨日読んだ村上龍の「希望の国のエクソダス」にもA WORLD OF BEAUTYのカレンダーが部屋にはってあるシーンがあって「おや」と思いました。
 大学の校友会から送ってきたカレンダーも一枚ものから12枚ものの立派なものに変わっていました。以前はA4より少し大きいサイズの一枚紙の表裏に6カ月ずつ印刷されていて、それはそれで一覧性があるので重宝していたものでした。
 昨年上海に旅行に行った際、写真がきれいだったので買ってきた卓上カレンダーは、当然ながら日本の休日が表示されていないので、ちょっと不便なところがありました。
 日常的には、ワイシャツの胸ポケットに入れている小さな手帳のカレンダーを使っています。例年使っていたものが発売中止になってしまったので、今年はいろいろ探し回って別の製品を買ったのですが、そろそろまた来年の手帳を探さなければいけません。ネット上のカレンダーも使っていたのですが、小さな手帳はこれはこれで非常に重宝しています。
 「命とは自分がこの世で使える時間のこと。」カレンダーを見ながら「次のアクション」についていろいろと考えています。今年は「新しいことをやってみる」ということを考えていましたが、ある程度方向性が見えてきたような気がします。それを来年は具体的な行動で実現していきたいと考えています。日々「進化」。

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パラドックス

 「反社会的勢力の排除」とよく言われていますが、昨今の日本の政治やマスコミのビヘービアを見ていると、誰が反社会的勢力なのか分からなくなってきます。

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担担麺

 総じて麺類はかなり好きなのだが、「担担麺」がメニューにあるとつい頼んでしてしまうことが多い。担担麺の名前は、中国の成都で、ある男が天秤棒の片側に七輪 と鍋、もう一方に麺や調味料をつるして、担いで売り歩いていたことが由来らしい。ワープロで「たんたんめん」を変換すると坦々麺と出ることがあるが、この間Twitterで坦々麺と書いたら、「坦じゃなくて担」と注意が入った。その人(Bot)のTweetは、全て「坦じゃなくて担」だったので笑ってしまった。
 それはともかく、上海から帰国して、日本では担担麺単品のラーメン屋があるのには驚いた。この間入った店はこぎれいな店だったのだが、自動販売機でチケットを買って入ると、中はしゃれたカクテルバー風の店になっていて、その時は女性2人組と、アベック1組がカウンターで麺を食べていた。そこの40代であろう主人がお客と結構しゃべる人で、やや違和感があった。後から入ってきた男性には「今日は一人?」と聞き、「○○があるんだけど食べてみる?」と言って、通常の担担麺に何か赤い粉(唐辛子の一種か?)をふりかけていた。「結構からいでしょ?」と聞かれた男性客は訳のわからない音(コメント)を発していた。担担麺を食う店に「こじゃれた」テーストはいらないんだけどなあと思いつつ、やたらと山椒(花椒)がきいただけの麺をすすって店を出た。こういう店に入ると、三河島の桃天花の庶民的でボリュームが半端でない担担麺が懐かしくなる。ここ数年、いろいろな店で担担麺を食べた中で、また来たいなと思うのは数店しかないのだが、考えてみると、それらに共通するのは、単に「麻」だけはなく、また単に「辣」だけではない、いろいろな味が混然一体となって、複雑な深みのある辛味を味わわせてくれることだ。こういった味を出すのには、いろいろな工夫をしているんだろうなと思いつつ汗を流すのが心地よいので、「はずれ」も多い中、つい新しい店にまた「トライ」したくなってしまうのだ。 

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合言葉

 みずほ銀行のインターネットバンキングにログインしようとしたら、本人確認の「合言葉」を聞かれ、絶対間違い無いと思っていた言葉が通りませんでした。
 ロックしたらやだな等と思いつついくつかバリエーションを試してみましたがうまくいきません。そこで「合言葉を忘れたら」というボタンをクリックしてみると、変更ができると言います。指示に沿って手続きを進めていくと、最後に暗証を入れろとあります。これは通常の取引に使っているので問題無し、やれやれと思ってよく見ると、3つ目は「インターネットバンキング開設の際にご連絡した変更用パスワード」とあります。もう10年くらい前の話です!「誰がそんなものを覚えて(あるいは記録して)いるもんか」と悪態をつきながらギブアップ。もとの画面に戻り、もう一度可能性のある言葉を入れてみたら、あえなくアカウントがロックしてしまいました。合言葉は3パターン登録してあり、どれも自分では間違えるはずがないと思っている言葉を登録し、現にこれまで何回かの確認を通りぬけてきました。なのにどうしてだろう?よく分かりません。(明日電話してみます。)
 急ぐ送金だったので焦りましたが、国内には他にもネットで送金できる口座があることを思い出しました。しかし、チェックしてみると、そのうち1つを除き口座にはたまたま日本円が数十円しかありません。残りの1つの銀行の口座は送金に使ったことがないのですが、しかたなく画面を開いてみると、これがひどいユーザーインターフェース。おまけに受取人の名前をカタカナだけでなくアルファベットでも入れろなんて訳のわからない指示がでたので、いやになって途中で休憩。これがうまくいかなかったらどうしよう?等とぼんやり考えていたら、何のことはない、支店のATMで送金すればいいじゃないと気付き、自転車で町屋駅前のみずほ銀行のキャッシュコーナーに行き、速攻で手続きを終えました。不細工なATMがこの時ほど安定した頼もしい機械に見えたことはありません(笑)。
 今回はとりあえず「最後の手段」で手続きはできたのですが、ネットだけしか手段が無い状況でのコンチプランをもう少し考えておく必要があるなと身にしみたトラブルでした。(そういえば昔、海外にある口座のインターネットバンキングがロックした際も結構解除に手間がかかったこともありました。全然経験が活かされていないということになりますね。やれやれ。)

 

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手首、足首

 低い鉄棒に両手をかけて、ヒョイっととんで鉄棒を腰のところに持ってきたら、手のひらと手首に意外に負荷がかかり痛くなってすぐに降りてしまいました。
 手首が固くなっているなあと思っていたら、太極拳で腰を落とすと自然に足首を曲げることになるのですが、稽古しているうちに今後は足首が意外に固くなっているのに気付きました。今まで足首が固い等という意識を持ったことは全くなかったのですが、歳のせいもあるのでしょうが、足の筋肉も落ちて脚全体の骨、筋肉、関節のバランスが悪くなっているような気がしてきました。
 首と肩のひどい凝りは若いころからの悩みの一つでしたが、手首、足首と、はからずも「首」と名のつくところ3か所にガタがきているなと感じる今日この頃です。

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指揮者の共演

 昨日、警視庁音楽隊のコンサートに行ってきたのですが、日比谷公園野外小音楽堂での水曜コンサート1000回記念ということで、現在の第7代隊長(指揮者)の他に、前任、前々任の隊長さんが2曲ずつ(アンコールで6代隊長が指揮したので正確には3曲と2曲)の指揮をとりました。
 この3人の指揮が、かなり趣の違うもので、その点も面白い趣向だったと思います。退任されたお二人は、第五代の牟田さんが日本吹奏楽指導者協会副会長、第六代の林さんが洗足学園大学指揮科教授ということで、今も音楽に関わりのある現役の方々のようですが、牟田さんは全体をきれいにまとめた端正な指揮、林さんは情緒も豊かに団員の力を引き出そうという雰囲気に満ちた指揮で、ブラスバンドのメンバーも心なしか「のって」演奏しているような気がしました。現隊長の小林さんは、自らいろいろな名曲を吹奏楽用に編曲して披露されており、進取の気象に満ち、いたずらっ気もある方のようにお見受けしました。
 同じバンドが指揮者によって随分演奏が変わるものだなあと思いながら約2時間のコンサートを楽しむことができました。ちなみに「ブラジル」という曲では、久しぶりにラテンパーカッションを心地よく聞けました。
 昨日は日比谷公園では菊花展が行われており、銀杏がところどころに落ちて秋のバラも満開。この季節の風情を満喫した午後でした。

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富士見坂

 今朝の読売新聞に森まゆみさんが日暮里の富士見坂について書いていました。日暮里は古くから日暮らしの里と言われ、江戸時代にはこの高台から江戸の町の眺望を楽しむ人も多かったと言われています。
 山の手線の西日暮里、日暮里からほど近い高台一帯は今では「谷根千」の愛称で親しまれている地域で、谷中の墓地や数多くのお寺が散在する閑静な住宅地です。森さんの記事は、ここで古くから親しまれている富士見坂を紹介しつつ、現在計画が進んでいるマンションによって、富士山が殆ど見えなくなるという状況を述べ、東京に残る景観を保っていくことの重要性を訴えています。
 新聞を読んで、散歩がてら富士見坂に行ってみました。今日は雲が多く富士山は眺望できませんでしたが、細い坂道はきれいに手入れされており、地元の人の思いの強さを感じました。
 高台を下りて谷中銀座を抜けて大通りに出ると、自動車の喧騒がやかましい普通の都会の風景になってしまいますが、日暮里の高台は道も狭く、自動車もあまり行き来していないため、比較的静かに物を考えることができる地域になっています。人の生活する場所と自動車の行き来する場所をできるだけ隔離することは大事なことではないか等と考えたりしながら、ゆっくりと自転車を走らせました。

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晴れていれば遠くに小さく見えるマンションの
右に富士山が見えるはず。
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「夕焼けだんだん」から谷中銀座をのぞむ。

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