« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011年12月

クラウド「超」仕事法

 週末に町屋駅前のTSUTYAをのぞいたら、たまたま野口悠紀夫氏の「クラウド『超』仕事法」が目に付いたので、読んでみました。以下、備忘録的な一部抜粋です。

・これまでGメールとグーグルカレンダーを日常的に使っていた人にとっては、スマートフォンによって、まさに生活スタイルが一変するほどの変化が生じる。そしてスマートフォンのカメラ機能は非常に便利だ。
・ITの専門家と言われる人ほどGメールを使わない。
・ITが関連しない仕事はない。
・新聞記事は切り抜くよりは撮影する方がよい。
・このシステムのすごさは「自動的にできあがった」ということだ。
・この世には「時間泥棒」が沢山いて、あなたの時間を奪っている。
・時間泥棒の武器は電話である。
・最も重要なことは紙に向かってやっている。
・入力の速さと一覧性では、紙が圧倒的に優れている。
・ITとは〈中抜き〉の手段だ。
・必要なのは能書きではなく、成功実例なのだ。
・「思考のプロ」というのは、いつでも考え続けていられる人のことである。
・歩きながらアイデアが浮かぶことは非常に頻繁にある。
・アイデアは新しいものとの接触で生まれることが多い。だから、知的な人々との会話は、大変重要だ。相手から教えられるというよりは、相手と話している間に、自分の中に何かが生まれるのである。
・もちろん、意味がある問いを発してくれる相手は、それほど沢山いるわけではない。ごく少数だ。そうした人々を大事にしよう。
・「余計なことをする時間はなくなった」とは、年をとるにつれてますます強く感じることだ。
・学校の教科書の最大の問題は、興味をひかれないことだ。
・独自のシステムを作らず、クラウドで提供されているプラットフォームを利用して、それに付加価値を与えることは、小企業でもできる。個人が行うのも不可能ではない。こうしたことを行える組織や社会が進歩するのである。
・恐竜型の鈍重な組織に未来はないと言わざるをえない。
・本当は、データを個人や個別企業でもっているほうが、はるかに問題なのだ。
・クラウド・コンピューティングを利用すれば、利用者や利用企業は、操作のプロになる必要はない。自分自身の仕事に専念すればよいのである。それが、分業体制だ。クラウド・コンピューティングとは、情報処理に関する分業なのである。そして、データを預けることに関する不安を克服できたものだけば、分業のメリットを享受できる。もともと市場システムは、信頼の上にできている。したがって、モラルの高い社会でしか実現できない。このことは、日本ではあまり認識されていない。
・ジーンズを穿いてIBMコンピュータを操作したら、およそ場違いだ。しかし、ジーンズ姿でiPhoneを使うのはサマになる。この2つは、同じ文化圏に生息しているのである。
・「大勢の人が集まってきたら、彼らが必要とするものを提供すればよい」ということである。人と同じように金を掘るのではなく、「それらの人たちを掘る」ということだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

男子ゴルフ日本シリーズJT杯

 昨日の日曜日、午後4時ころテレビをつけたらたまたま男子ゴルフの日本シリーズをやっていたので、途中からでしたが最後の部分を見ることができました。
 新聞等では専ら石川遼選手の動向をニュースとしていましたが、結局はベテランの谷口と藤田の一騎打ち(プレーオフ)になりました。(今日のニュースもどちらかと言うと石川選手が今季優勝無しという話題が注目されてました。)
 谷口選手(43才)は一時は後続に3打差をつけていましたが、藤田選手(42才)が17番パー5をイーグルであがり、1打差につめよりました。最後の18番、1メートルのパーパットをきめれば谷口選手の優勝という場面。ここまでのプレーであれば当然入るだろうと思われたパットがはずれ、よもやのプレーオフとなりました。
 谷口選手は結局プレーオフで敗れ、昨年に続き2位となったのでした。本人も18番のグリーンに上がった時は、勝ったと思ったでしょう。見ていた私もこれで決まったなと思ったのですが、幸運の女神はほほえみませんでした。「最後の最後でがっかりです。」というコメントを残しましたが、最後の1打の重みを感じさせる試合でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

奇跡の一本松

 東日本大震災の津波に耐えた岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」について、保存活動を続けてきた地元の「高田松原を守る会」が保護を事実上断念したと報じられている(12/4読売新聞)。海水で根が殆ど腐ってしまったのだそうだ。今後は一本松の接ぎ木を育てるなどして高田松原に苗木を移す計画を進めるほか、一本松に防風・防虫対策を施し、立ち枯れのまま残せないか市に要望しているという。新聞を読み終わって旅行社のパンフレットを見ていたら、奇跡の一本松を訪ねるツアーがちょうど目にとまった。
 接ぎ木で松の生命を残していくというのはせめてもの救いだが、この記事を読んで、現在の日本の状態を象徴しているような印象を持ってしまった。根が腐って立ち枯れたとしても、接ぎ木で新たな土壌に生命のリレーをしていく力強さが日本にはあることを期待したい。昨日の雨もあがり、今朝は風が強く冷え込んでいるが、抜けるような青空が広がっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »