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2012年5月

ギアを入れ替える

 「アジアの国々」で思い出したのですが、以前、仕事でよく東南アジア方面に出かけていた時期、訪問する国によって現地事情が全然違うので、その都度気持ちのギアを入れ替えていました。
 中国、台湾、韓国、ベトナム、インドネシア、インド、タイ、マレーシア、シンガポール、オーストラリア等、それぞれの国に向かう時、準備段階からその国のことをいろいろと思いめぐらしていました。言葉は英語しかできないので、飛行機に乗ると映画を英語で見て耳をならしたりしてアドレナリンを出し、現地では全力投球。大抵、時間ギリギリのスケジュールを組んでいたので、観光も無くとんぼ返りでした。ヘトヘトになった帰路の飛行機では、よく落語を聞いて帰国モードにまたギアを戻していたものでした(笑)。

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ミャンマー?

 このところ、日本企業のミャンマーへの進出がしばしば新聞等で報道されていますね。最近だといすゞやミニストップの記事がありました。現地事情を全く知らず、訪れたこともないのですが、これらのニュースにはやや唐突感がありますが、どうなんでしょう。報道に何らかの力が働いているのかどうか。
 またインド、インドネシア、ベトナム、あるいはフィリピンといった国々も企業の進出という形でよく登場しています。かと思うと、殆ど名前の登場しない国もあります。国、地域によって、違いが相当あるのでしょう。それにしても、これらの国に進出する企業の方のバイタリティーはすごいなと思います。私自身もベトナムはフォーを始め、食べるものがすごく自分には合っていたし、基本的にはアジアの国は波長が合うので、これらの国に「また行ってみたい」という気持ち、郷愁は強いです。
 そんな事をボーっと思いながら、日本企業の海外進出の記事を毎日ながめています。

 

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安っぽい

 政治が安っぽい。メディアで流れるニュースも見るだけ時間の無駄。「税と福祉の一体改革」と言いながら、消費税引き上げだけしか聞こえてこない。「命をかける」って、腹でも切る覚悟があるんだろうか。そんな事があろうはずもない。Trust me.と嘘を平気でつく輩もおり、子供の教育上も良くない。末期症状とはこのことか。今年は気候も変だし、竜巻もあったし、金環日食もあったし、まだまだいろいろ起こりそうな気がします。

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ハーフクリップ

 天気がいいので、自転車を出してきてハーフトークリップをつけました。それに乗って、いつもお世話になっている田端のホンマ理容室に散歩がてら行ってきました。
 大学の頃はツーリング用の自転車にばっちりトークリップをつけていたのですが、今は街乗りしかしていないのでハーフクリップで十分。久しぶりにトークリップをつけると、こんなに違うものかなと思うくらい快適でした。何も無いと足を離した時、ペダルが裏を向いたり表を向いたりして、走りはじめる時に面倒なのですが、クリップをつけていると足を離した状態では必ずペダルが縦になるので、一発でつま先が定位置に入ります。ペダリングも楽で、こんなに違うのであればもっと早くからつけておけばよかったと思いました。
 それにしても、ハーフクリップとは言え、何十年前の製品とはクオリティーが違うのも驚きでした。プラスチックの簡単なものですが、材質といい形状といい、昔の物とは比べ物にならないくらい使いやすいです。道具の進化はスゴイ!と思った日曜日でした。
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カバーをして外に置いているのでちょっと
錆が出てます。少し手入れしなくっちゃ。

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本の整理

 家にあった本を大量に処分した。ブックオフに1000冊以上渡しただろうか。これまでにも少しずつ整理しょうとしていたが、ここまで思い切ったのは始めて。一応ザッと中身は見たが、よほど思い入れのある本以外は思い切って手放してしまった。いつかは読もうと思って大事にとっておいたものも多いが、何十年も置いてあるだけのものはこれからも読まないかもしれない。一度リセットしてしまおうと思ったのだ。
 整理しながら、昔の本をパラパラと読むのもなかなか楽しいものだ。ああこんなこともそう言えば読んだねと思い出すことも多かった。

 「・・・次はどんな人が新しい主役になるのかが問題だが、会社の新規採用にはあまり期待がもてない。会社は自分が使いやすい人を採用するだけだからである。そこで話はベンチャー待望論になるが、独立して火中の栗を拾う人は少ない。日本人はみな幸せになったからだが、それでも少しはいる。技術系の人、外資系の人、文化娯楽産業の人、趣味を追求する人、ボランティアの人、それから海外から流入してくる人などである。この人たちの新活動が日本経済再生の原動力になっているが、今後はこれをどの程度奨励するのか、規制するのか、が、”景気回復”の鍵になる。」日下公人「男性的日本へ」
「これならわかる簿記・経理」という本も大変わかり易く、これは逆に今年就職した娘にもう一冊買ってやろうと思ったら、もう販売されていなかったので、アマゾンの中古品をオーダーしてしまった。等々。
 こうして思い切って整理してみると、あまり普段の生活には影響がなさそうである。家の中がすっきりして身軽になった。「生活をシンプルに、身軽にする」というのは今年の私のテーマの一つなのだ。

 

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書くこと

 このブログを書き始めた頃、ブログってどんな話題を書いたらいいんだろうと思ったものだ。小さなメモを持って、キーワードを書きだしてみたこともある。
 もう4年以上続けているので、今は、何か書こうと思えば、時間があればクオリティーは別にして、結構どんな話題についても書けるような気がする。だらだらとくだらない文章を書き続けているのも、多少は身につくスキルになっているのか。
 そういえば、昨年太極拳を始めた理由の一つに、「徒手空拳でできるから」というのがある。道具も不要で広い場所も必要ない、自分の体をコントロールすることに集中するという所に魅力を感じたのだ。今はまた仕事が少し忙しくなってしまったので太極拳もお休み中だが、この間得たものは大きかった。「身ひとつで自分で立つ」という感覚が養われたような気がする。文章を書くのも一脈これに通じるような感覚もある。最後は「裸一貫の人間力」ということなのだろう。年をとるにつれてそういう気分になってきたのが面白いと思っている。ある意味「鈍くなってきた」と言えなくもないが。

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言い得て妙

 5/16に亡くなった邱永漢氏の発言に、「日本の国債を保有しているのはほとんどが日本人だから大丈夫だ」と安心していますが、誰が保有していようが借金は借金です」、「日本国内は2種類の日本人だけになる心配があります。毎月13万円を手にする生活保護の受給者と、彼らに選ばれた政治家です。」というのがあるそうだ。極めて誇張した言い方だが、今の日本の状況を鑑みるとある意味腑に落ちる。
 随分昔、マーガレット・サッチャーの回顧録、自伝を読んだ時に思ったのは、「国家を家庭の一人の主婦のような感覚で切り回しているな。」という印象だった。実際はそういう話ではなかったのだろうが、つい「大きな主語で語ってしまう」感覚のなかではそういう気がしたものだった。何故サッチャーのことを持ちだしたかというと、その時から「国家だから個人とは違う」という物の考え方ははちょっと違うなと思っているからだ。国債は国の借金だが、借金が途方もなく大きくなっても国だから大丈夫という話ではないだろうということ。サッチャーはまた「社会というものはありません。あるのは個人と家庭だけです」という言葉も残している。そのサッチャー女史も今は認知症が進み、表舞台に姿を見せることはなくなってしまったのは時の流れを感じざるをえない。そういえばレーガン元大統領もアルツハイマー病だった。
 邱永漢氏の言葉に戻ると、そういった今の時代への提言は「世界を舞台に働くこと」なのだそうだ。だれもがそうできる訳ではないが、少なくとも気持ちの上では、国や会社や誰かに何かをしてもらうことや既得権を守ることに窮々とするのではなく、地に足をつけて自分の力で立つ気持ちを持つということは大事なのだろう。分かっていると自分では思っているつもりでも、実際はなかなか難しいことだ。「毎月13万円を手にする生活保護の受給者と、彼らに選ばれた政治家だけの国」というのは漫画的に言い得て妙である。

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天変地異?

 今日は金環日食ということで、朝から全国的に盛り上がってましたね。自宅の周辺でもあちらこちらで道に人が沢山出て、あるいはマンションのベランダから人が大勢空を見上げていたので、普段とは随分違った街の雰囲気で、何か、そっちの方が面白かったです。私はこの時間、ちょうど家を出る頃でしたが、出る直前に虫眼鏡で投影して日食が始まったところを見て、「まあ、一応見ました」ということで外出しました。
 三河島の駅の手前で、数人の人がビルの2階をながめていたので、何かなと思って見上げてみると、黒いガラスにくっきりと金環がうつっていました。観測用のメガネは用意していなかったのですが、ラッキーでした。見知らぬ人数人と「すごいですねー!」としばし歓声をあげました。
 一方、テレビのニュース等では「世紀の天体ショー」等と言っていましたが、昔であれば、これって一種の「天変地異」じゃないかな等という気もしました。今年は季節の移り変わりも何か変な感じがしますし、こういうのは何かの前兆だったりして。何となくそんな気もします。
 でも、別に空が真っ暗になる訳でもなく、平安時代であれば、気づかぬ人の方が多かったのかな。今日の現象も、言われなければ普通の人は気づきませんよね。とはいえ、今年はまだまだいろいろな事がありそうです。

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いやな夢を見る時もある

 時々、大きなヘマをやらかしてあせっている夢を見ます。明け方、目がさめるちょっと前くらいが多いような気がします。かなりとんでもない窮地に陥っているのですが、そのうちなんとなく覚醒してきて、途中から「あー、これは夢だよなあ」と何となく思い始め、目がさめて「やっぱり夢だった。よかったー!」というパターン。まだしばらく布団を出なくてもいい時間帯だと、ほっとしていい気分で横になったまま、またぬくぬくしてます。ちょっと前のハラハラドキドキから開放されて、そういう時は結構幸せな気分。
 と思えば、朝起きてかなりの時間、何か「頭が働いてないなあ」と思う時があります。人の名前が思い出せないとかいろいろ。ボケの始まりですかね。特に最近、朝のエンジンがかかるのがすごく遅くなってます。ということで、最近目覚ましを30分早くかけて、朝ボーっとしている時間をとってます。全体に生活がスローモーになってきました。なので、あせって何かやるとドーッと疲れてしまう今日この頃です。

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SkypeやらLineゃら

来月家人がクアラルンプールに行くので、持参するiPadと、こちら側で使うPCやiPhone間でSkypeのビデオ通話のテストをしてみました。家の1階と2階で通話して、これならどこにいても距離を感じさせないねと言って大盛上がりしました。娘が、「ところでお父さんLINEもiPhoneに入れてるよね」というので、「Lineって何だっけ?ああ、そういえばこの間アプリ入れといたやつね。」ということで、娘のiPhoenとの間でLineのメールでやりとりも。このアプリはアドレス帳から、Lineのユーザーを勝手に検索してくるらしく、確かに私のアプリにも数人のユーザーがリストアップされてます。メールも先方が読んだかどうかが分かるので便利ということらしく、どんどん進化するネットの世界に改めて「ふーん」という感じでした。

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「当事者」の時代

 先日、佐々木俊尚氏の「『当事者』の時代」を読んだ。内容のかなりの部分は著者が毎日新聞の記者をやっていた経験を踏まえた体験談になっており、マスコミの内側の実態をリアルに記述した面白い本になっている。新書にしては400ページを超える大部の著作だが、学生運動が盛んだった時代を中心に、「ああ、あの頃の日本はそういう事になっていたんだな」と思いおこすことができる。かなり冗長な感はあるが、日本のマスコミの特異性が分かりやすく描かれていて腑に落ちる。
 また、記述は奈良の檜原神社の「三輪鳥居」を引用して宗教論的色合いもあるが、この部分は私も個人的にこの数年感じている日本古来の神道のメンタリティーへの関心にもつながるもので興味を惹かれた。
 その後、井筒俊彦氏の「イスラーム文化」やダライ・ラマ14世の「傷ついた日本人へ」をたて続けに読んだので、ちょっと頭の整理が必要になっていたところに、この間の週末に本を整理していたら、石川英輔氏の「大江戸」シリーズが出てきて、これもしばし読み返してしまった。
 曰く「いずれ遠からず、日本人はもう一度大きなつまずきを経験するだろうが、その時こそが、偉大な国家から再び卑小な、等身大の国へと方向転換するチャンスだろう。世界の大国などという、身に合うはずもない豪華でぶざまな衣裳をまとって外国人に警戒され、国際舞台とやらに上がって猿芝居じみた苦労をするよりは、再びつつましい小国寡民への道を歩む方が、われわれにとってずっと幸せなのではないだろうか。高い理想や志などなくても、のどかに生きていられる江戸の人の姿を眺めながら、洋介はつくづくそう思うのだった。」もう20年以上前に書かれた大衆小説だが、今の日本の状況とオーバーラップするのではないだろうか。
 一連の脈絡の中で、さしあたり「『大きな主語』で語ると、その話の中で自分は当事者でなくなってくる」ということを思っている。マイノリティー憑依しかり。 

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Facebookとの連携をやめる

 このブログをFacebookに連動させていましたが、どうしてもFacebookのFriendsの顔が目に浮かんで更新がおっくうになるので連動をやめました。最初はTwitterとブログ、Facebookを全て連携させて面白がっていたのですが、それぞれに役割が違う事がわかったので、TwitterとFacebookの連携はかなり前にやめました。今度はブログとの連携もやめたのですが、これはなかなか面白い現象かと思います。Twitter、ブログは基本的に相手を意識せずに言いっぱなしなので比較的気楽です。私の場合、Facebookのつながりは直接知っている人を基本にしているのですが、そこにも流したいなと思う時は個別に投稿しておけばいいと頭の整理をしました。人のつながり方の考え方の頭の整理と言っていいかもしれません。Twitter,ブログの方がより「素」に近いかもしれません。ちなみにFoursquareは投稿する際にFacebook、Twitterに流すか流さないか選択ボタンがあるので、気分によって選べる工夫がされてますね。

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落葉樹

 以前も何回か書いたのですが、ドングリを数個小さなボットに植えたものを玄関先で育てています。3鉢あって、名前も分からないまま2種類の木が細々と育っているのですが、1鉢の木がこれまで何回か葉が全て落ちて、もう枯れたのかなと思う時期がありました。15センチ位の高さで数ミリしかない幹だけが残っているのですが、それでもと思い放っていたら、この所また葉っぱを出してきました。4月に入って葉っぱがグングン大きくなって、今は青々として葉を数枚つけています。
 その小さい植物を見ると、寒い冬も耐えて何とか生きていたのかと感慨深いものがあります。横に植えてあるハナミズキも初めは1メートルくらいでしたが、何年かでもう2メートル近く背が伸びて、今年はかなりたくさん白い花を咲かせています。これも冬の間は全く葉が落ちていました。落葉樹を見ていると、季節の移り変わりを感じることができ楽しいものです。

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