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2012年5月 8日 (火)

「当事者」の時代

 先日、佐々木俊尚氏の「『当事者』の時代」を読んだ。内容のかなりの部分は著者が毎日新聞の記者をやっていた経験を踏まえた体験談になっており、マスコミの内側の実態をリアルに記述した面白い本になっている。新書にしては400ページを超える大部の著作だが、学生運動が盛んだった時代を中心に、「ああ、あの頃の日本はそういう事になっていたんだな」と思いおこすことができる。かなり冗長な感はあるが、日本のマスコミの特異性が分かりやすく描かれていて腑に落ちる。
 また、記述は奈良の檜原神社の「三輪鳥居」を引用して宗教論的色合いもあるが、この部分は私も個人的にこの数年感じている日本古来の神道のメンタリティーへの関心にもつながるもので興味を惹かれた。
 その後、井筒俊彦氏の「イスラーム文化」やダライ・ラマ14世の「傷ついた日本人へ」をたて続けに読んだので、ちょっと頭の整理が必要になっていたところに、この間の週末に本を整理していたら、石川英輔氏の「大江戸」シリーズが出てきて、これもしばし読み返してしまった。
 曰く「いずれ遠からず、日本人はもう一度大きなつまずきを経験するだろうが、その時こそが、偉大な国家から再び卑小な、等身大の国へと方向転換するチャンスだろう。世界の大国などという、身に合うはずもない豪華でぶざまな衣裳をまとって外国人に警戒され、国際舞台とやらに上がって猿芝居じみた苦労をするよりは、再びつつましい小国寡民への道を歩む方が、われわれにとってずっと幸せなのではないだろうか。高い理想や志などなくても、のどかに生きていられる江戸の人の姿を眺めながら、洋介はつくづくそう思うのだった。」もう20年以上前に書かれた大衆小説だが、今の日本の状況とオーバーラップするのではないだろうか。
 一連の脈絡の中で、さしあたり「『大きな主語』で語ると、その話の中で自分は当事者でなくなってくる」ということを思っている。マイノリティー憑依しかり。 

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