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2012年10月

切り抜き

昔読んだ本で印象に残ったページをコピーしてノートに貼りつけたものがたまたま目についたのでパラパラめくってみた。読み返してみると確かに記憶の片隅に残っているものばかりなのだが、普段の生活の中ではすっかり忘れていることにがっかりする。
なかなかいい着眼の切り抜きと思うものもあるのだが、いずれにせよ、これまでの膨大な読書のうちどの程度が腑に落ちているのだろうかと思うとはなはだ心もとなく残念な気がする。
切り抜きの中に、塩野七生さんの文芸春秋のコラムで「価格破壊に追従しない理由」というのがあった。「・・・ところが帰国してみて驚いたのは、高いというだけで今風ではなく、何もかもが安ければよしという風潮に、日本もまた染まっているということだった。・・・これはもう価格破壊の先に待つ文明の破壊になると思い始めたのである。」「ショッピングとは、ただ単に物を買うという経済上の行為に留まらず、想像力をきたえる行為にもなりうる。」「想像力とは筋肉に似て、使わないと劣化するという性質を持つ」・・・「そして、高い品と安い品のちがいは、買い手の想像力を刺激するかしないか、にもあるのではないかと思っている。」・・・全く忘れていたが面白いコラムだった。

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季節の変わり目

 急に冷え込んできました。昨晩は喉が急に痛くなったので、これは風邪をひいたかなとちょっとあわてました。土曜に体調を崩すと回復する時間がないかもと思いましたが、しっかり着込んでタオルを首にまいて早めに休んだので今朝起きた時はまずまずの体調でホッとしました。
 という事で今日はどこにも出かけず、家にいました。ボーっとしていてもしようがないので、扇風機をしまって電気ストーブを使えるように出してきました。我が家ではエアコンを殆ど使わないので、扇風機も一人一台=6台あり、しまうのも結構大変なのです。今年の夏は二人しかいなかったのですが、家のあちこちに扇風機を置いて使っていたので、結局全部出してました。一夏使っていると、羽根に結構ほこりがついているので、雑巾で拭き掃除です。カバーをとって分解して箱に入れてしまっておくのですが、これがまたしまうのも出すのも結構な手間になります。
 全部の扇風機をバラして掃除が終わった所で一休みしながら「待てよ」と考えました。今年は分解しないでゴミ出し用の袋をかぶせてそのまましまっておく事にしました。人数が少なくなったのでスペースは十分あります。分解した扇風機を再度組み立てて、袋をかぶせておきました。となると、ダンボール箱と大量の発泡スチロールが不要となります。これはそのうちゴミ出ししましょう。これで随分すっきりします。来年使う時も、組み立てる手間がかからずかぶせた袋もそのままゴミ出しに使えます。今まで何年も随分時間の無駄をしたものだと思ったものでした。
 ついでにKLに行った末娘の部屋もきれいに掃除機をかけ、階段に置いていた物も全部しまったら、家全体が結構すっきりした気がしました。合間に食事を作って食べたり、洗濯したりで一日が終わった週末の日曜日でした。

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フォーマット戦略

 AKB48がジャカルタを手始めに上海やさらには欧米にそのビジネスモデルを売り込もうとしているという。いわく「フォーマット戦略」。フォーマットの概要は、①定員16人の3チーム制を敷く。②3チームの下に研究生を 置き、昇格や卒業など、サバイバル競争を行う。③制服を着用し、楽曲はすべて秋元康のものを使用する。④名前は「○○○48」とする。⑤劇場での公演をベースと した「会いに行けるアイドル」というコンセプトを持つ。といった所らしい。フォーマットを作ることで、ニセモノを防ぎ、著作権などの権利も確保することが狙いという。
 これを聞いて、思い出したのは高城剛「人工18万の街がなぜ美食世界一になれたのか」で述べられていた以下のような話だ。「なぜなら、特産品、つまり完成品を海外に輸出しただけでは、その売り上げだけしか収入はありません。かれらはそうではなくスペインは『タパス』ゃ『ピンチョス』という文化そのものを輸出しようと目論んでいるのです。こうした文化そのものが世界に広がれば、その経済効果は計り知れません。美味しいものを食べれば本場に行きたくなる人が現れるでしょうし、その国の食材や料理人が世界中から求められることになります。もちろん、企業にとってもビックビジネスのチャンスが巡ってくるでしょう。アメリカがハリウッド映画を世界に輸出したように、スペインはいま国家として『食』を世界に輸出する計画を持っているのです。」
 フォーマット戦略は、意図的に著作権等を守りながら収益を確保する欧米人が得意な分野だが、いずれにせよアイドルのビジネスモデルや食文化といったソフトなものを伝播することによって周辺を含めた広汎なお金の流れを生み出そうというのは面白い発想だ。「快適なライフスタイル」というものもそういう意味では人をひきつけるマグネットになるのだろうと思っているのだがどうだろうか。

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日比谷公園

 雨が降らなければ、お昼ごはんを食べた後、20分ほど日比谷公園周辺を散歩しています。今の時期は日比谷ガーデニングショー2012というイベントが開催されていて、小さな区画に趣向を凝らしたいくつもの「庭」が出現しています。中央の芝生の中には無数の花をあしらったモニュメントが構築されていてひときわ目をひいています。思わずiPhoneでパチリ。
 日比谷公園では警視庁音楽隊の水曜コンサートのような定期的なイベントもあれば、こういった単発のものもあり、四季おりおりの風情を感じる事ができます。もう少しアスファルトの舗装を減らして、野趣があるといいのにな等と思いながら毎日歩いています。とはいえ、巨木が立ち並ぶ一角を散策すると短い時間ですがリフレッシュします。

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なめんなよ

 今回のマレーシア行きもエアアジアの安いチケットを利用しましたが、以前と違い、この所フライトはほぼ満席です。乗っている人の様子もその時々でかなり雰囲気が違います。
 今回は帰りの便で、指定された座席に白人の男が既に座っていたので辟易しました。若いカップルのかたわれのようでしたが、座席が前後に別れてしまったらしく、男の方が勝手に二人横に並べる私の席に座っていたようです。そこは席が違うだろうと言っても若い男が態度が悪く、代わってくれとも言わずシレッと動こうとしないので、早速こちらは「戦闘モード」に切り替えました(中国では指定席には誰か座っているのが常だったのでこういうシチュエーションはある意味慣れっこ)。特にLCCでは座席を指定するのもお金がかかるので、空いている席ならともかく、勝手に他人の席に座る事は無神経だと思います。揉め事になりそうと見て取ったスチュワーデスが仲裁に入ってきましたが、これがまた使えないスチュワーデスで、二人連れらしいので席を譲ってくれないかと言い出します。そもそも断りなしに座るのはけしからんと、乗ってくる人たちを通せんぼしながら"My God!"等と悪態をついてやった所、相手も思ったより手強いと思ったらしく(というのがミエミエな態度)、ようやくモゴモゴ言いながら自分の席に戻ろうと立ち上がろうとしたので、そこで鉾を収めました。
 実際問題、そこまでしてどかせても相棒の女性の隣に座って7時間の間気まずいだけですし、代わった席も予定していた窓際の席で大した違いはなかったので(窓の配置が悪かったのでその点は不満でしたが)、席を譲っても構わなかったのですが、断りなしに態度の悪い不良外人が座っていたというところが気に食わなかったという話です。
 という事で、席についてはみたものの、日本人なめんじゃねえぞと、しばらくイライラしました。羽田行きなので、あるいは日本に住んでいる人間かもしれませんが、とすれば尚更「日本人がおとなしいと思ってなめんなよ」です。LCCで人が多くなると、この手の輩も多くなるかもしれません。
 とは言え、先月の帰国便は同年輩の旅慣れた感じの夫婦が隣だったので、特に会話はしませんでしたが、周囲への気配りも感じられていい感じでした。まあ、こういっためぐり合わせも旅の面白い所かもしれませんね。

 

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緑豊かな国

 東京に帰ってくると、やはり緑が圧倒的に少ないと思います。クアラルンプールも、中心部はやはり緑は少ないですが、少しはずれると緑がうっそうと繁っています。家族の住むコンドの前は都市開発の一環でいわば計画的にジャングルが残っているのですが、下の写真の通り建物の間近まで木が迫っています。
 空港への道中もかなり南国の木々が続きます。ところどころ宅地開発しているのが目につきますので、近い将来はかなり開発されてしまうでしょうが、土地の広がりを考えると、東京のように密集する事はないでしょう。うまく都市計画される事を祈ります。首都機能を移転した広大なプトラジャヤの例もありますので、その辺はかなり巧みにやってくれそうな期待もあります。
 10年ほどまえにKLに旅行した時に1日つきあってもらったタクシーの運転手さんが、空港に向かう途中、「マハティールは空港を市内から遠くに作り、その間の地域を開発すると言っていたが、まだまだなんだ。空港まで遠すぎるよね。」と言っていたのを思い出します。上述のプトラジャヤを始めとする開発が大規模に進んでいるのを見ると、マハティールの遠望も少しずつ実現しているようにも見えますが、他の国々の先例をうまく取り込んで、よりよい国づくりをしていってほしいものだと思います。
 一方で、先日乗ったタクシーの運転手は、空港までの周囲を指して「まだまだ木ばっかりでね」と言って嘆いていました。日本語弁論大会の記事でも書きましたが、なかなか身の回りの事になると「良さ」が分からないのが常かもしれませんね。緑が豊かな事もマレーシアのいい面だと思っている私は、彼らが、豊かな木々を切り倒してコンクリートやアスファルトで土地を覆い、大きなビルを建てるのが発展と短絡的に考えないでほしいなと切に思っています。

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コンドの寝室の窓から

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日本語弁論大会の開かれたホテルの
「50m」プール。周囲も緑が豊かです。

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日本語の文法

 日本語弁論大会で思い出したのですが、昨年、荒川区の日本語ボランティアの講習を受けていた時始めて知った事の一つに、私達が小学校、中学、高校で習う文法と、外国人に日本語教える世界の文法は相当違うらしいという事があります。
 例えば、学校文法では形容詞、形容動詞というものがありますが、外国人教育用の文法では前者はイ形容詞、後者はナ形容詞というらしいです。講師の先生は、それが当然と思っておられるようで、その違いについて全然説明がなかったので、最初は相当面食らいました。何故こういうことになっているのか知りませんが、かなり変な感じがしました。これは私にとってはちょっと要調査の課題の一つになっています。

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日本語弁論大会

 体育の日の三連休でクアラルンプールに行ってきました。今回は近くのホテルの会場で日本語弁論大会があるというので、日曜日に見てきました。大会といっても、こじんまりしたものでしたが、「マレーシアの誇りに思うところ」というテーマで10人の若者がスピーチをしていました。
 日本に行った事がない人が殆どなのに、まあよくこれだけ話せるもんだと感心しました。それはそれとして、主催者側の方によると、昨年は日本が素晴らしいと思うところといった題を出した所、大勢の応募があったが、今回は随分応募者が減ってしまったとの事でした。その人いわく、「マレーシアに誇れるものはない」といって若い人があまりのってこなかったので、参加者集めに苦労したとの事でした。
 私から見ると、若い人が多く、天然資源にも恵まれ(石油を算出しボルネオの熱帯雨林等の豊かな自然)、マレー系・中国系・インド系を始め多民族が微妙なバランスをとっている国といった点をいくつもあげられるのですが、現地の若者はそれらをあまり評価していないのでしょうか。ちょっと興味がある話でした。日本語を学んでいる人達ですから日本に興味や好感を持って、日本の「いい所」を積極的に見てくれているのでしょうが、自国の事はやはり辛口あるいはそれが普通に感じてしまうのでしょうか。海外に出ると、こういった事から日本を相対的に見ることができます。それは私が旅行、特に海外に旅する大きな動機の一つになっています。

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会場となったホテルの中庭

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寺島実郎「世界を知る力」

 寺島実郎「世界を知る力」読了。寺島実郎さんは、NHKラジオのビジネス展望でのコメントがいつも理路整然としているのに感心して注目している人だ。この本には共感する所が多かった。先日書いた「英連邦」のユニオンジャックの矢(ロンドン、ドバイ、インド、シンガポール、シドニーを結ぶ直線)も述べられていて、ハタと膝をうったものである。ユダヤ人と中国人の地下水脈のようなネットワークの話も面白かった。「情報」とは何なのか、「世界を知る」とはどういうことなのか等々、真摯に冷徹に世界を見つめる視線に感銘を受ける。「マージナルマン」という概念も共感する。いい本だったなと思う。
 それにしても、振り返ってみると、自分自身の本の読み方も随分変わってきたなと思う。中学・高校時代は遠藤周作、司馬遼太郎、G・Kチェスタトンをよみふけり、大学から社会人になりたての頃は曽野綾子の作品を集中的に読んでいた。そして日下公人。その後ロスアンゼルス勤務中にE社の現地法人社長の話に触発されて大前研一の著作を片っ端から読んでみた。並行して谷沢栄一。ネットの世界に踏み込んだ最近数年は小山龍介や佐々木俊尚、本田直之等。変わり種は先日のべた坂口恭平や江戸シリーズの石川英輔。高島俊男や塩野七海も忘れてはいけない。まだまだいろいろな発信者に注目しているのだが、ここ数年は今までとはかなりカバーする分野が変わってきた。自分自身の生活を大きく変えているのと同期しているかもしれない。

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急上昇ワードその2

昨日、伊藤穣一さんの事を書いたが、今日の急上昇ワードに彼の名前があがっていたのには驚いた。テレビの影響力といえばそれまでだが、それにもまして伝わってくるパワーに多くの人が感銘を受けたのだろう。どういう人なんだろうと検索する人が多かったということだが、それだけ多くの人がまだまだみずみずしい感性を持っているという事がちょっとうれしい出来事だった。

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伊藤穣一さん

 今晩たまたまクローズアップ現代を見ていたら、伊藤穣一さんが出ていた。MITのメディアラボという研究所の所長に抜擢されたとのことだ。
 伊藤穣一さんは、もう15年以上前だと思うのだが、雑誌DIMEのインタビュー記事で見かけて、印象に残った人だったので、思いがけずテレビに登場しているのを見て大変懐かしい気がした(一方的ですが)。記事のスクラップも確かPDFにしてあったと思う(古いWindowsパソコンの方に入れてあり、起動に時間がかかるので、そのうちチェックしてみます)。ネット上の情報はいずれどこかに漏れる事を想定して物を考えておいた方がいいといった趣旨のコメントが記憶に残っている。それと、本当に優秀な人は子供の言うこと(疑問)もきちんと耳を傾け、答えてくれるものだといった事を書いていたような気がする。
 それはそれとして、その後も大活躍されているようでうれしく思った。今回の所長就任は彼の「つなぐ力」が見込まれたのだそうだ。「今後何をやりたいか」という国谷裕子さんの質問に、やりたいことは「今は想像もつかないような事」というコメントが伊藤穣一氏らしかった。いろいろなアイデアや人をつないでいくと、想像もつかないようなアウトプットを産む、その創造的なリンケージを触媒するところにモチベーションを感じるという事だろう。とにかくパワフルな人だ。

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急上昇ワード

 この間他愛のないビジネス書を一冊読んだのですが、その中で一つだけ新しい視点を得られたなと思ったのは「急上昇ワード」です。YahooやGoogel等で今検索されている「急上昇ワード」のリストが公開されています。それを丁寧にみていると、時代のトレンドが読めるという話です。
 トレンドが読めるかどうかという大げさな話は別にして、確かにいくつかのリストをザッと見るといろいろな視点の情報が得られるので、暇つぶしにはもってこいという感じですね。今までも多少は注意していたのですが、これはこれで確かに面白い情報なので、少し活用しようと思っています。

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夢物語では無いだろう

 あいも変わらずの生活をしている。朝5時に起きてシャワーをあびて食事をし、7時半に家を出る。西日暮里まで25分ほど歩き、地下鉄で霞が関へ。12時半に昼食をとり日比谷公園の松本楼の前の大銀杏まで散歩し、木を見上げながら「今日も元気かね」と心の中でつぶやいてから1時20分に仕事に戻る。あとは退社までの数時間をひたすら耐える(と言ってもちゃんと仕事してますが)。
 こういった表向きの生活は変わらないのだが、プライベートの生活は激変だ。6人家族が自宅に暮らすのは今や2人になり、家内と末っ子は遠くマレーシアで生活している。ネットが命綱のようなものだが、それが通じている限りはコミュ二ケーションにさほどの不便は無い。度々現地にも行っているので、よもやま話から今後のことまで直接いろいろ駄べる時間もある。いつも考えていた「行ったり来たり」のライフスタイルがやっとの所で少し実現できてきた気がしている。その延長線上でこれからやってみたい事、試してみたい事もいろいろある。年をとって疲れた等と言っていられないのだ。
 こういったプライベートなライフスタイルから得るもの、考える事を仕事面でもプラスに作用させたいと思うのだが、そのギャップが大きく愕然とする。その人が見たことのない景色(経験)をいくら言葉で説明しても分かるものではない。やはり実際にそこに行って肌で感じる(経験する)事をしなければ分からないのだという事を最近いろいろな場面で痛感している。 これは殆ど諦めの境地になってきた。
 ただ、ネット環境が発達したおかげで、同じような感性、考え方、ライフスタイルを模索しているあるいは既に実践している人がいる事は分かっている。それもかなりの数で。ただ、自分の周囲で直接知っているという範囲においては皆無だ。それがかなりつらい所だ。なかなか言う事が伝わらない所を見ると、周囲からは「あの人何か感覚が違うな」と思われているのだと思うが、自分は「常識はずれな事を言っている」、あるいは「おかしな事をやっている」とは思っていない。とすれば、これは「伝える力」がまだまだ足りないのだろうと考なければいけないのだろうか。それが少しでもできた時、逆に自分なりの次のステップが見えてくるのかもしれない。あるいは「発信する先が違う」のか(これがもしかすると正解かもしれない)。
 まあ、自分なりに納得のいくライフスタイルで暮らす事ができれば周囲はどうでもいいと言えばどうでもいいのだが、共鳴してくれる人がいれば楽しいだろうなという話。それは無いものねだりというのは分かっているのだが、ネットの世界の急激な広がりを見ているとそれも夢物語では無いような気もしてくるところが面白い所だ。
(いずれにせよ、その意味では価値観を共有しやすい家族の存在は一番ありがたいものだと思っている。)

 

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時が解決する

 日本学術会議というところが、核廃棄物の処理方法として考えられていた「地層保存」という手法について、安全性の確保が保証できないとして、見直しを提言したという。 
 昨晩のNHKのクローズアップ現代を見ていて、一つおもしろいなと思ったのは、これに対するソリューション提案として、まず浅い地下に保管、その後更に深い地下に保管と段階を追う形をとり数百年を過ごす、その間に方針変更があっても対応できるように、廃棄物は地上に戻せるようにしておくという案を出していたことだ。これはカナダが採用している方法らしい。問題先送りといえばそうも言えるが、技術の進歩や環境変化が読まない中、さしあたり手元でコントロールできる範囲で保管して、打開の道を時間をかけて探るということなのだろう。廃棄物が安全なレベルの放射線量となるまで10万年かかると言われている中で、後戻りのできないリスクのある決断をするよりも、柔軟に対応を変えていける次善の策で様子を見るという考え方だ。ある意味大人の考え方かもしれない。何故こういう議論がこれまで出てこなかったのかという点は残念だが、ようやくまともな議論も出てきたのかなという気もする。

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