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全体感が見えない電子書籍

 Kindleはとても便利だ。特に旅行に行く時、どの本を持っていこうかと悩む必要無く、大量の書籍を持ち運ぶ事ができる。更に、旅先でも好きな本がダウンロードできる。全く夢のような世界だ。といっても、紙の本と電子書籍は別物であるから、これからも紙の本が全て無くなることを心配することは当面無いだろう。ただ、電子書籍で構わないという割合が圧倒的に増えてくるだろうことは想像がつく。
 しかし、いくつか不便なこともある。あるいは慣れの問題なのかもしれないが、本の全体感が今一把握できない事だ。今何%読みましたという表示はあるのだが実感がわかない。あそこを読みかえしたいと思っても、ページを指定したりしなければいけないので、紙のようにパラパラっと見返して「ここ、ここ」と見つける感覚のようにはいかない。
 そこで一つ思い出したのは、WEB開発のシステムの開発プロジェクトに途中から参加した時のことだ。出来の悪いプロジェクトで、要件のドキュメンテーションが殆どなかったので、実際のシステムをさわって、全体像を把握するしかなかった。しかし、数百ある同じような画面が縦横無尽に(悪く言えば脈絡なく)リンクされていたため、今自分がどこの画面で何をやっているのかがすぐ分からなくなってしまうことがよくあった。
 電子書籍の全体の見えなさ感は何となくこれに似ているなと少し思った。いずれにせよ、良し悪しは別にして、この状況には自分の感覚を合わせる他は無い。今時の若い人はこの辺、抵抗はないのだろうか。アナログ的な人間にとって、電子書籍、電子データのハードルはこんな所にもあるのかもしれないとふと思った。

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