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2013年5月

バーボン水割り

 昨年はどういう訳か冷蔵庫で氷がうまくできなかったが、この間の週末に冷凍庫を掃除して水を補給してみたらうまく氷ができていた。
 ということで、さっそく少し残っていたジャックダニエルをオンザロックで飲んでみたら、これがなかなかいい感じ。やはりストレートでちびちびよりも氷を入れて飲んだ方が断然うまい。プリンセス・プリンセスの中山加奈子が大昔の「ナカヤマの一発」というソロアルバムの中で「おサケの唄」というのを歌っていて、庭に植えたおサケの木に鈴なりのジャックダニエルがなるという件があったのを思い出した。テネシー・ウイスキーだ。
 ということで、あっという間に半分くらいのジャックダニエルを飲んでしまったので、今日は帰宅途中で酒屋に寄って、ジンを買おうと思ったら、お目当てのジンが無かった。やれやれと思ったら、近くに並べてあったフォアローゼズが目についたので、それを購入。今晩もバーボンでほろ酔い気分ということになっている。
 等と書くと単なる飲んだくれのようだが、実は今週は結構体調が悪くてまいっているのだ。朝起きても疲れが残っている感じなのだが、前の晩にウィスキーをオンザロックで飲んで寝たらちょっと持ち直した気がしたもので、調子にのって連日飲んでいる次第。
 これまでの経験からいくと、合目的的に酔うのならジンのオンザロックの方がいいのだが、ギルビーしかなかったので「思い出のバーボン」フォアローゼズに登板させたのだ。ワイルドターキーかどっちにしようか5秒くらい迷ったけどね。
 ということで、これで今週、あと3日なんとかもつかなと思っている。やれやれ。

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この1年で変った事

 家内と末娘をクアラルンプールに送り出したのが昨年の6月なので、もうすぐ1年になる。マレーシアの MM2Hの取得手続きを具体的に始めたのが一昨年の夏ごろなので、そこからはもう2年も経ってしまった。
 東京の自宅は三女とふたり暮らしだが、生活の時間帯がずれているので、実体的には殆ど単身生活に近い。炊事、洗濯、掃除(あまりやらないが)は基本的に全て自分でやっている。アイロンがけも週末朝の仕事だ。ほぼ毎日、帰宅途中でスーパーマーケットに寄って買い物をしてくる生活。
 これまで何十年も家内がやってくれていた事をいざ自分でやってみると、いろいろな新しい発見がある。当たり前の事だが、自分でやらなければ、誰もやってくれないという環境は、それはそれで面白いものだ。ある意味生活の全てが自己責任とも言える。
 これら諸々の変化が、「自分が決めた事」による変化という気持ちを持てている事が一番大きな変化のようにも思う。これまでの海外生活は全て会社の指示によるもので、現地での家さがしや生活も会社からの情報や支援があったが、今回は全く自分の意思でやっているので、意味合いが全く違うのだ。
 時代の変化もある。メールやスカイプがあるので、必要な時に連絡はとれるし、昔ほどの不自由が無いのはありがたい。以前海外に駐在していた時は、実家に電話するのも電話代が結構気になっていたが、インターネットの発達で、それに限った通信費はゼロだから、世の中変わったものである。情報収集も格段に便利になった。現地の住居の情報も、渡航前に家内がインターネットで現地の不動産屋のサイトを調べて、メールでアポを入れていた。子供の学校もしかり。各学校のホームページを丹念に調べた上で、現地に行ってから一気に学校めぐりをしている。これまでPCは殆どさわっていなかった家内だが、iPadのおかげでこういった事が可能になった。現地の銀行に口座を開設し、学費の送金等は全て東京側からインターネットバンキングで行なっている。ネットでいえば、アマゾンや楽天のネットショッピングの発達で、自宅からいろいろな買い物ができるのも助かっている。
 こうしてみると、この二重生活もインターネットのおかげで実現したようなものという事が分かる。逆に言うと、ネットに相当依存している事になる。とすれば、考えておかなければいけないのは、ネットが使えない時のコンティンジェンシープランか。ネットが使えなくなるシナリオはいくつか考えられる。
 といった事を考えていると、退屈する暇は無い。地に足をつけて、今日も一日張り切って生活しなければという気持ちになってくる。

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エネループ

 最近、単3、単4の電池には全てエネループを使っている。少し多めに用意して、いつも充電済の電池が何本かスタンバイするようにしているのだが、これがなかなか心地よい。これまでは、使い捨ての電池を処分する度になんとなくもったいない気がしていたのだが、「電池を捨てる」という行為が無くなったのが嬉しい。電池が切れたらスタンバイしているエネループを入れて、出した電池は充電に回す。
 いつもカバンに入れているiPhoneの予備バッテリーも、エネループの単3を4本入れるタイプのケース型にした。これでiPhoneなら1回半くらいの充電ができるので安心だ。単3なら他の用途にも使えるので心強い。
 エネループで一つまた生活に余裕が出来たような気がしている(大げさ)。

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団塊の世代

 角田光代さんの話題を出したが、今朝のコラムについては多少の感慨があった。
 コラムのタイトルは「接客今昔」だ。飲食店や洋服店での店員さんの接客には、流行があるように思うという事で、バブル期には横柄な態度がはやっていたという。客を怒鳴りつける店主とか、客を小馬鹿にしてようなブティック店員がずいぶんいたが、経済状況が変わると、横柄な接客は減り始めたとのこと。その後はマニュアル対応になり、現在は友だち接客だそうだ。
 「自分の年齢が高くなってきた事もあるが」としている所が作家らしい感覚だが、それはそれとして、「バブル期の横柄な態度」というのが頭にスッと入ってきた。バブル期といえば1986年から1991年の頃なので、私が就職して数年たった頃だ。社会人数年目で今でいうパワハラの上司(どこにでもいた)に問答無用で罵倒される生活が楽しいはずがない。何もかもがガサツな時代。彼らから言われた事はどうも腑に落ちないと思いつつ、社会に出て数年の身では「社会ってのはこんなものなのね」とおとなしくしていたものだが、振り返ってみれば、彼らが言っていたことはやはり相当間違っていたと今は思える。年代的には団塊の世代の人たちだ。バブルというのは、我々の年代は仕事の上でも恩恵を受けたというよりも、後始末に奔走させられたという感じだ。
 等々、角田光代さんのコラムの趣旨とは随分脱線しながら日曜の朝の一時、新聞を読みながら昔への思いにふけったのでした。

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政府だのみ

 円安で燃料費が高騰し、漁船の操業がままならないとして、いくつかの漁協が休漁して大会を開いたニュースが流れていた。窮状を政府に訴えたいとし、まあその辺までは分からなくもないが、更に補償を政府に求めると言っている漁協もあったようだ。為替変動による損害について政府に補償を求めるということをサラリと言ってしまう発想は何だろう。急激な円安にあえぐ状況はよく分かる。私自身、子供の学費、生活費を外貨で払わなければいけないので、この円安は大きな逆風だ。既に年間で数十万円支出が多くなる計算になっている。
 円高でメリットのある人たちもいればデメリットを被る人たちもいる。円安もしかり。円安で困るということは、逆に言えばこれまで円高でメリットがあったということだろう。利益を享受する時は何も言わず、不利益については政府に補填を要求するというのはどうだろう。
 まあ、変化が急過ぎてキャッチアップできないという過渡的な話なのだろう。これから、価格転嫁という形で調整が進み、物価が上がるという事だ。変化の過程では摩擦が生じるもので、変化の度合いが大きければ大きいほどザワつきも大きくなる。一方で、この報道を見て、日本のメディアの姿勢、資質も相変わらずねという気もした。といっても、よく見積もって8:2という割合はここにもあてはまるのであって、一把ひとからげに物を言うのはマズかろう。今朝の日経のチャスラフスカさんをめぐるエピソードや、角田光代さんの記事は心ひかれたものだ。いずれもニュース記事ではないのだが。

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綱渡り

 アベノミクスと呼ばれる経済政策のうねりの中で、長期金利が絵に書いたように急上昇した。政府、日銀はシナリオに織り込み済みだと思うが、実際そうなってみると、やはり「そうなのね」という感じだ。この局面がどう展開していくか注目している。

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LPGA

 日経新聞の「私の履歴書」に現在、岡本綾子さんが寄稿している。経済界のお年寄りの退屈な話が多い中、岡本綾子の「私の履歴書」は面白い。今朝は、LPGAで戦った選手達について書いているが、ブラッドリーという名前が目についた。私がロスアンゼルスで仕事をしていた時、1回だけLPGAの試合を見に行ったことがある。記憶ではロスアンゼルスとサンディエゴの中間にあるロス・コヨーテスというゴルフ場に行った気がする。その試合はパット・ブラッドリーとエミ−・アルコットが注目選手という大会だった。今日の記事では、ブラッドリーがティーグラウンドの芝生に放り投げていたタバコを岡本綾子が踏んづけて一悶着あったエピソードが紹介されているが、そういえば、あの時もブラッドリーはラウンド中プカプカ煙草をふかしていたのを思い出した。そうか、彼女は有名なヘビースモーカーだったんだ。なるほどねーという感じ。ともあれ、女子の大会とはいえ、LPGAの一流選手のパワフルなプレーには目を見張ったものだった。
 岡本さんのこれまでの記事では印象深いエピソードが数多く語られているが、やはりプロは厳しい世界という事が垣間見えて面白い。樋口久子とのかけひき等もあっけらかんと書かれていてちょっと驚く。「とにかく海外に出たかった。ゴルフをやっていなくても他の手段で日本を出ていたと思う」と語る岡本さんの生き方は魅力的だ。

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ペナン

日本人もかなりの数住んでいるというペナンですが、クアラルンプール周辺とはまたかなり違う土地柄でした。リゾート的な場所もあるにはありますが、ジョージタウンも自動車の排気ガスで喉が痛くなるほど。歩道も整備されていません。個人的にはあまり住みたいという印象はありませんでした。
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リゾート
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海は波が荒く、皆さんはホテルのプールで泳いでいます。
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壁面に描かれた絵が点在するアートストリート。
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独特な色合い。
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ヒンズー教寺院。イスラム教、仏教のお寺も
多いです。

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この道一筋

 ペナンで宿泊したホテルに面した道で「チャー・クイッティオ」というオイスターソースで炒めた米麺の焼きそばを屋台で売っている店があった。ホテルのフロントの人が「あそこの麺は絶品」というので行ってみた。最低でも1時間は待つよと言われていたのだが、行ってみると、屋台のまわりには数人しか人がいない。これは楽勝と思ったものの、何か次々に人が注文してどこかに行ってしまう。「あれ?」と思ったが、それもそのはず、注文した人は道向かいにあるカフェに座って焼きそばができるのを待っているのだ。その数、数十人!「アチャー」と思いつつ、急ぐ旅ではないので辛抱強く待つことにしたが、結局、たった一皿の屋台の焼きそばにありつくのに、やはり小一時間かかってしまった。
 ホテルの人によると、屋台の親父さんは台湾からの移住者で、この屋台をかれこれ40年も同じ道端で続けているのだそうだ。42歳になるという息子が料理を運んだりお金を受け取ったりアシスタントをしているのだが、この息子が2歳位の頃からずっとここで焼きそば一品の屋台を続けていることになる。
 見ていると、炭火で中華鍋を熱して3〜4食分くらいずつていねいに作っている。左手のうちわで炭火をあおぎながら、右手で中華鍋をかきまぜているが、80過ぎのおじいさんには重労働だ。週に3日程度しか営業せず、1日に500食くらい売り上げた所で店じまいするらしい。1食4リンギット(約120円)なので、単純計算すると1日2000リンギットの売上になる。月に12日営業すると24000リンギットの稼ぎ。今の為替レートだと日本円で70万円をこえる額だ。材料費を差し引いたとしても、物価が日本の3分の1と言われているマレーシアにおいては相当な額になる。日本円でざっと年収2000万円くらいのバリューになるイメージか。屋台の焼きそばとあなどるなかれ。これはべらぼうな商売だ(計算あってるよね?)。
 たった1品のチャー・クイッティオをひたすら作り続けて40年。恐るべき親父さんである。そういう人生もあるんだなあ等とボヤ−ッと考えながら1時間待った後の焼きそばだが、全く違和感無くアッという間に食べてしまった。家内曰く、「後で口に全然調味料の味が残らない。」 
 確かに、手作りの自然な味でした。

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この道一筋40年
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これが屋台料理の定番チャー・クイッティオ。

一皿4リンギット(約120円)

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賞味期限

 先日マレーシアから持ってきた食品の包装を、今朝朝食を食べながら何気なく見ていたら、「best before 06 08 2013」という表示が目にとまった。頭の中では「賞味期限」と自動的に翻訳していたが、ふと両者のニュアンスの違いに気がついた。言葉の定義が同じかどうか定かではないが、まあ「この期日までなら食べても大丈夫」とメーカーが考えているという程度の意味は同じだろう。best beforeと言うと、その後でもbestではないが食べられるのか等というグレーゾーンが出てくるものの、印象としてはこの表現の方が、「賞味期限」というまさに味もそっけもない言葉よりも断然スマートだ。best beforeと言った場合、その期限を経過して何かトラブルが起こった際に訴訟になったらどうなるんだろうと考えると、「賞味期限」とは法的な意味合いは違うのかもしれないが、いくつかの点でbest beforeの方がしゃれているような気がした。今日は金曜日。今週末はちょっとゆっくりして、先週の強行軍の疲れを癒したい。

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マレーシア総選挙

 ゴールデンウィークの後半4日を使って今年2回目のマレーシアに行ってきました。今回は、金曜の夜行でクアラルンプールに行き、翌日朝、空港で家族と落ち合ってそのままペナンに直行しました。ペナンで2泊し、日曜にKLに戻り、コンドで1泊し月曜に帰国というスケジュールでした。
 折しも日曜が総選挙の日にあたってしまい、街中が選挙一色でした。今回はマレー人優遇策に反対する華人勢力を中心とした政党の連合体によって政権交代になるのではないかともっぱらの噂でしたが、現政権側の巻き返しは強烈で、ペナンでも驚くくらいの数の現政権の旗がはためいていました。ダーティーと集中砲火をあびていたのが、数万人の外国人に急遽選挙権を与えて票を水増ししたといわれている事。更に一人に何回も投票させるような手も使ったと言われていました。結局、現政権が予想外の差をつけて勝利という事になったのですが、広範囲の停電が起きて、電気が通じたら票数の表示が変わっていたとか、いろいろな批判がネットや新聞等で交錯していました。
 現地に留学している子供のFacebookを見ると、今回の選挙への批判の記事がならび、プロフィール写真を黒一色にしてアピールしている人が多数いました。ペナンからKLに移動した際、空港には自動小銃を構えた兵士が警備をしており、暴動等の事態まで警戒しているという事が実感されました。実際、政府の指示で月曜は突然ホリデーとなり、子供の学校も休みになってしまいました。
 そんなこんなで、帰国日の月曜は、空港までの道中で騒乱が起きているといけないと思い、普段より1時間早くコンドを出発しました。幸い何事もなく帰国できましたが、機内放送で機長のアナウンスの最後に「今回の総選挙は透明性に欠けアンフェアなものだったのは残念だった」と異例のコメントをしていたのにはびっくりしました。(その後の日本語でのアナウンスではその部分は省略されてましたが。)
 等々、普段と違ってピリピリした雰囲気のマレーシアでしたが、帰国して日本のメディアの報道を見てみると、ナジブ首相が勝利宣言したという内容が伝えられており、不正に関する報道が出てくるまでにちょっとタイムラグがあったような印象です。いずれにせよ、よほどの未開の国ならまだしも、マレーシアでさえ選挙はこのレベルなんだなあと考えさせられました。ペナン自体については追々書きたいと思います。

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選挙用の旗(これは政権側)が街中にあふれていました。
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極楽寺という大きなお寺。
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バスをフル活用して移動しました。交通機関が
とにかく安いのが助かります。

 

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