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2013年9月

体調不良な週末

 先週は週中から体調がどうもよくなかった。ブタクサの花粉症なのか、急に気温が下がったためかよく分からないが、喉が痛く、鼻水が出る。腰もなんとなく思い感じだった。
 というわけで、土曜、日曜と何となく家で過ごしていたのだが、日曜はさすがにちょっと体を動かした方がいいかと思い、千代田線で湯島まで行き、アメ横から秋葉原、お茶の水まで散歩してきた。買い物はするまいと思って出たのだが、お茶の水の丸善で新書を2冊買ってしまった。
 1冊は曽野綾子さんの「人間にとって成熟とは何か」。曽野さんの本は、最近あまり読んでおらず、と言うか、最近は書いてある事がおおよそ予想がつくような気がして、何となく遠ざかっていたのだが、立ち読みしていると面白い箇所があったので衝動買いしてしまったのだ。「夜明けの新聞の匂い」に代表されるように、折々の話題を題材にした文章は曽野さんの作品の大事なカテゴリーになっているが、この本もその系譜に連なるものかもしれない。新しい話題を材料に論じている所が面白い。とは言え、久しぶりに読んでみると、相変わらず厳しい人である。私などはとてもついていけない境地に達している。「爪の垢を煎じて飲んだらどうか」という表現がピッタリくる感じがする。しばらく遠ざかっていたが、やはりこのレベルの人の言う事はたまに襟を正して聞かないと、歳相応の成長は無いなと思ったものだ。体調が良くないのでやや気弱になっているせいかもしれないが、ややしんどいなと思いつつ一気に読んでしまった。

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マクロとミクロ

 大学時代、主にケインズを中心にいわゆるマクロ経済学を勉強した。当時は若気のいたりでミクロ経済学はダイナミックでスマートなマクロ経済学に比べて何となく辛気臭い(?)感じがしていたのだが、実際に年齢を重ねながら世の中を見ていると、経済学にかぎらずマクロ的に物事を整理するのはなかなか難しいということが分かる。
 「大きな主語で語ると自分が当事者でなくなっていく」とは言い得て妙で、マクロよりまずはミクロという気がしてくる。とはいえ、大局的な物の見方はやはり大事だからそれはマクロといっていいのかもしれない。しかし自分を棚に上げてマクロの議論は無いだろうという気がしている。テレビの天気予報で日本各地や世界の天気を見て分かったような気になるよりも、まず窓を明けて実際に空を見上げ、自分の上に雨が降ってくるのかこないのか、雲の具合や温度、湿度さらには気圧までも肌で感じてみようということだ。

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狼森と笊森、盗森

 この間Kindleに宮沢賢治の作品を数冊ダウンロードして読み返している。昔、家に子供用の宮沢賢治作品集があったのでよく読んでいたが、その頃は何となく暗いイメージが馴染めなかった。その後中学、高校で改めて代表作を読んで、その世界観に引きこまれ、当時順次発売されていた全集を何冊か買って、少しずつ研究してみようか等と思ったものだった。高校の文化祭で「セロ弾きのゴーシュ」を人形劇に仕立てて発表したこともある。人形も自分たちで作り、「インドの虎狩り」は音楽の先生にわざわざ作曲してもらい、学校のオーケストラのチェロの人に弾いてもらったものだ。
 高校の後半からは遠藤周作や司馬遼太郎、曽野綾子といった作家の本を随分読んだので、宮沢賢治からはだんだん遠ざかってしまったが、電子書籍では著作権切れという事でかなりの作品が無料でダウンロードできるようになっているので、改めて読み返しているのだ。
 読み返すと言っても、まだ読んでいない作品が山のようにあるのだが、最近読んだ中で、「狼森、笊森、盗森」という短編は心に残った。小岩井農場の北を開拓する農民を描いたものだが、素朴ながらたくましくおおらかに生きる人達と自然とのふれあいが不思議なリズムで清々しく描かれている。おびただしい数の作品の中では多少のむらはあるものの、その感性の深さと広がり、美しいことばづかいには天才を感じる。世にあふれるビジネス書は、もしかすると自分でも届く距離にあるかもしれないというものが多いが、こういった文学はやはり芸術という次元の違う世界にあることを改めて感じるのだ。

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すっかり忘れてました

 羽田と成田を間違えたという記事を書いたが、前の記事を見返してみると、ゴルフに行く日にちを勘違いしていたという事も書いているのを見つけた。それもつい最近。
 これはちょっと気をつけた方がいいなとハタと気弱になってきた。老化?疲れ?何だろう?いずれにせよ、体調に気をつけながら無理をせずにやるしかないなと思う初秋の夕暮れでありました。

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外国語表記

 クアラルンプールのKLセントラル駅の標識には英語とならんで日本語の表記があり、アレッ?という感じがする。資金的な援助があったのかよく分からない、あるいはかつてのルックイーストの政策下、新日的といわれている国柄と合わせ、こういった事になっているのかもしれない。
 ただし、個人的には標識くらいであれば、英語が書いてあれば十分だ。日本語が書いてあると、かえってそれが目につき、外国語モードになっている頭をちょっと切り替える必要があるのでかえってとまどってしまう。まあ、KLでもこういった現象はKLセントラル駅くらいのものだからご愛嬌かもしれない。
 等と思いながら日本に帰ってみると、中国語、韓国語併記という表示が少なからずあるのに改めて驚く。観光客がそれだけ多いということかもしれないが、これは違和感がある。例えば実家の横須賀に行く際京浜急行に乗るが、京浜急行の品川駅は、電光掲示板も中国語と韓国語が出る。急いでいる時などは、早く日本語に変われとイライラするくらいだ。羽田に行くモノレールでも社内アナウンスで中国語と韓国語が流れる。
 しかし考えてみると、アジアの国で「反日」をあからさまに政府が標榜し、小さい子供の時からそれを国民に教育しているのは、中国と韓国だけだと言っていいだろう。よりによって、その2国の言葉で公共の標識を表示するというのはどういうセンスだろう。客観的にはかなり滑稽だ。まあ、そういった要素を除いても、これも英語だけで十分だと思う。
 自分自身英語が不自由なく使える訳ではないし、英米に追従するつもりも全然無いが、よく言われるように、英語は世界の共通語である事は、いいか悪いかではなく事実として認めざるをえない。英語を母国語としていない国の人間が会話をする時は、どちらかの言葉で話すよりもニュートラルに英語で話した方が議論が一方的にならなくていいとさえ思っている。所詮、外国人はネイティブの言葉にかなうはずも無いからだ(もちろん、非常に優秀な人は別)。とすれば、近隣の国だからといって、その国の言葉でわざわざ標識を表記する必要は全く無いと思う。もちろん中国語は話す人間(中国人)自体がもともと多いので、極めて多くの場所や国で役にたつのは確かだが、学術的な分野、特にITの分野では圧倒的に英語が共通語だ。(プログラミング言語を見ればそれをいやでも認識させられるだろう。)日本でこういった中国語、韓国語の標識を見ると、国際感覚の無さというか、変な媚びへつらいを感じて居心地が悪いのだ。(金持ちの中国人が千万円単位の買い物を平気でしているという事を聞くと、中国語の表示を出したくなるのも理解できなくはないが、標識は店の看板とは違うしねとも思うのだ。)

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おっと、勘違い

 今朝予定どおり朝5:30に家を出て、日暮里まで歩いて成田に向かいました。成田空港の第二ビル駅に着く直前でJALのe-チケットを確認したら、なんと羽田発!
 とんぼ帰りで羽田に向かおうとしましたが、出発時間に30分ほど遅れると思われたので、そのまま帰宅しました。途中でホテルもネットでキャンセル。
 そういえば、数ヶ月前にチケットを予約した際に、中部名古屋空港経由で早朝発、深夜着でも羽田ならいいかと思った事を思い出しました。それをすっかり忘れていて、中国に行くので、すっかり成田発と思い込んでいました。昨日から、成田に行く時間等を調べていたというアホな事をやっていました。
 これが仕事だったら大変、羽田にとって返して、何が何でも天津に向かう手立てを考える所ですが、先週KLに行ってきたこともあり、今日は「無理はするな」という事だろうとあきらめました。まあ、仕事ならこんなポカミスはしないでしょう(と思う)。三連休は家でゆっくりして、たまっている片付け仕事でもすることにします。やれやれ。

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写真にとって持っていく

 明日からの三連休で天津に行ってきます。何故天津かというと、9月で期限切れになるJALのマイレージがあるので、予約をとろうとしたら天津しか空いてなかったというしようもない話です。しかも直行便ではなく中部名古屋空港経由。朝が早いので、しかたなくスカイライナー1号(始発)の切符をさっき帰宅途中で買ってきました。2400円也。羽田なら680円で済むのですが、「成田は不便だなあー」とぶつぶつ言いながら今荷造りしてます。
 ガイドブックも昔買った地球の歩き方の「中国」しかないので、分厚い本の中で天津は数ページしかありません。これを持っていくのも重いだけなので、iPhoneで必要なところだけ写真をとって持っていきます。ズームアップできるので、小さい字でも十分読めますし、街なかでガイドブックを開くより安全かなと思っています。
 昔、しょちゅう出張していた時も前日深夜にパッキングしていましたが、余裕を持って準備ができないのは未だに治りません。もっと過程を楽しめばいいのにねと反省はしているのですが。明日は5時半に家を出て、日暮里まで歩いていくとするかな。

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高層ビルからの眺め

 Facebookのバナーにペトロナスツインタワーの写真を使っている。
Facebookページ
たまたまクレーンが出ている珍しい(と思う)写真があったので、それを加工したものだが、青空を背景に非日常な光景が映し出されていて気に入っている写真だ。
 先日改めて写真をとってきたのだが、あいにくの曇り空。クレーンも出ていない普通の写真になってしまった。同じような形に切り取ってみたが、これはちょっとパッとしない。まあ、どこかで使う機会もあるかもしれないのでとっておこうと思っている。

Twin_tower_3

Twin_towe
ちなみに、随分前に上海の環球中心からバンド方面を撮った写真もある。
Photo
現在、このビルの隣に更に高いビルを建設中なので、そのうち機会があれば行ってみたいものだと思っている。

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壮大な無駄

 消えた年金の作業が難航しているという記事が目にとまった。
大雑把に言うと、2006年に作業開始した際に約5000万件あった不明分のうち、未だに約2000万件が確認とれないという事だ。この間に費やしたコストが約4000億円。作業を請け負った人達は潤ったであろうが、複雑な税金をめぐる作業と同様、社会にとって生産的、建設的な仕事とは思えない。このお金と労力をもっと創造的、生産的、建設的な仕事に振り向けたら全く違う世の中になるだろう。
 とはいえ、これに限らず世の中は「壮大な無駄」だらけだと思う今日此の頃である。

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現代の神風になるか

 向こう数年の時間帯は、日本の現代史の一つの分水嶺になると考えている。だが、大震災、原発事故の後、復興といいつつも、また安倍政権が誕生し「アベノミクス」と言われても、「何かが決定的に足りない」と感じていたものだ。それは「国民全体の前向きな気持ち」だと思っていたのだが、その意味で2020年の東京オリンピック開催はもしかすると今の日本にとって一種の神風になるのかもしれない。
 日本人はとにかくオリンピックが大好きな国民だ。それだけに、「オリンピックを目指す」という草の根からのムードは大変な力を生み出すと思う。それが7年間持続していくだろう。またそう期待したいと切に願っている。大震災後の「なでしこジャパン」のワールドカップでの優勝にも勇気づけられたが、「拾う神」もあるものだと感じている。
  逆に今回安倍首相が世界に向けて発信した放射能問題や財政問題へのコミットメントがゆらいだ場合のダメージは決定的だと思うが(英語でfatalという言葉はこういう時使うのかな)、まあその場合は正に「お終い(=checkmate)」という事になるのだろう。

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iPhoneとKindle

最近外出中の電車の中等でiPhoneを使ってKindleストアから購入した本をよく読んでいる。家にいる時は目が疲れにくいKindleのペーパーホワイトを使っているが、外出した際に読むのにはiPhoneの方がより手軽なためだ。画面が小さいが、フォントを大きくしておけばそれ程の違和感は無い。複数のデバイス間の同期も一瞬で終わるので、家のKindleで読んだページから外出中のiPhoneですぐ読み始める事ができて大変便利だ(これはちょっとした感動もの)。イヤホンで音楽を聞きながら本を読む事もできる。思いついて前のページを見たいとかいった場合は移動が紙の本ほど簡単ではないのが難点だが、それを補って余りある便利さと言っていいと思う。著作権の切れた昔の名作等は0円というものも多いので、読んでも読んでも追いつかないくらいの材料が目の前に広がっている。本当に贅沢な時代になったものだ。

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東京オリンピック

 2020年のオリンピック開催地が東京に決まりました。7年後ですか、盛り上がりますね、これは。ちなみに、放射能汚染水については安倍首相が「影響は福島第一原発の港湾内の0・3平方キロ・メートルで完全にブロックされている。」と説明したようですが、これは本当なんでしょうか。とにかく「言い切って」しまいました。
 プレゼンテーションの前に高円宮妃久子さまが登壇されたとの報道でしたが、皇族の方が出られるというのも寡聞にして知りませんでした。IOC委員には、これはかなりインパクトがあったのではないでしょうか。全体のトーンとして、大地震と原発事故からの復興支援という主張を軸にして、上手に組み立てができたようです。プレゼンテーターの人選、発言内容等々、相当なブレーンを擁していたのではないかと感じさせられます。石原前東京都知事の際の招致活動とはかなり趣が違ったような印象がしますが、2016年の招致よりは2020年の方が、今の日本にとっては時期的にいい効果があると思います。オリンピックという目標ができた事で、日本人にはまた「スイッチが入る」ことでしょう。まさにお祭り騒ぎでこの難局を乗り越える事ができるか、ますます面白くなってきました。

p.s. 報道を見ると、高円宮妃久子さまは、「皇室は招致活動に関与しない」との前提でのご出席だったんですね。スピーチも東京への投票については一切触れられなかったとのこと。マドリード招致の先頭にたっていたスペインのフェリペ皇太子とは対照的だったようです。これは日本の皇族の奥ゆかしさ・威厳と映ったのではないでしょうか。
p.s.その2 夕方、BSでプレゼン完全版という番組を見てしまいました。高円宮久仁子さまの存在は、やはり大きい感じがしました。大変失礼ながら本当に人を惹きつける魅力があり、政治家、財界人、スポーツ関係者という一般人ではない皇室の特別の存在感を改めて考えさせられました。多くの人が、このスピーチを聞いて居住まいを正したのではないでしょうか。

高円宮久仁子さまスピーチ

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お涙ちょうだい

 この週末に決定する2020年の五輪招致をマスコミが盛り上げようとしていますが、放射能汚染水問題でとどめを刺されそうな状況になりました。最後のプレゼンテーションで代表団が何を訴えるのか知りませんし、そのプレゼンが決定にいかほどの影響力があるのか全然裏事情は知りませんが、少なくとも、五輪が開催されることで、震災、原発事故からの打撃からの復興を目ざすんだという事、汚染水の問題は東京での五輪開催には影響が無いこと(本当に無いのかどうかは知りませんが)、ここで汚染水の問題で日本が落選するならば、震災、原発事故で今も苦しんでいる人たちの傷に塩を塗りこむような事なのだ、そんな事をするんですか?と思わせる道筋をつけてはどうでしょう。表現は工夫する必要がありますが、事ここに至っては居直って、東京を選ばない=放射能を嫌ったという構図をしっかり作り上げるというアプローチもあります。スノッブな欧米人には効き目があるかもしれません。一方で我々自身も、もし招致に失敗したならば、放射能問題が最後の決定的な原因になったのだという事実と、その意味を国内でもいろいろな角度から考える必要があると思います。決定後、マスコミがどういうスタンスでこのお祭り騒ぎを報道するのか少し興味がわいてきました。

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体のアライメント

 アライメントという言葉が適切かどうか分からないが、先週末にゴルフに行って気づいた事がある。スタート前に練習場で球を打っていたのだが、いつものように右に行ったり左に行ったりする。ふと思いついて体の向きを調整してみた。具体的にはクラブの両端を右手と左手で持ち、それを地面と平行に腰にあててみた。要は、目標に向かって腰がどちらの方向を向いているかを確認しようとしたのだが、これで分かった事がある。両足は目標に向かって一直線に置いていたとおもったのだが、それにもかかわらず腰が左を向いている。もともと体の右と左のバランスが悪い事は知っていたが、ここまで歪みがあるとは思わなかった。そこで右腰を少し引いて両足、腰が同じ方向を向くように調整し、ゆっくりスイングしてみたら、思った通りの方向に打ち出すことができた。
 その他にもいくつかチェックポイントがあるのだが、主にこれだけを注意してラウンドしたら、随分弾道が安定した。もっとももともとそれほど熱心なプレーヤーではないので、スコアはたかがしれているが、それでも、このチェックポイントは今後随分役に立ちそうである。

 太極拳の稽古をしていた時にも体のセルフコントロールが大事という事は気づいていたが、普段の生活の中でもこういった体のバランスを意識する事で、随分体調にも影響があるのだろうなと思ったものである。

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世代交代

 女子バレーのワールドチャンピオンズグランドカップが開催されているが、日本チームはメンバー一新だ。残念ながら戦績はままならないが、この新メンバーでよく戦っていると思う。セッターの竹下、リベロの佐野や井上、大友、もう少し前になると高橋、杉山といった選手達が去り、今回の大会は中田監督率いる久光スプリングスの選手が数多く起用されている。新鍋、長岡、石田、岩坂、平井、座安、石井。
 今大会ではセッターの宮下が一番の注目選手だろう。今回はJTの橋本選手がバックアップしているが、全日本にはこの他にも東レの中道選手等もいる。中道は身長159センチと竹下同様小柄な選手。長身セッターという意味でも宮下は期待されているようだ。セッターといえば、身長185㎝の久光の狩野選手を中田監督が育てている。宮下が176㎝なので、狩野はそれより約10㎝も背が高いことになる。アキレス腱切断から復帰した狩野が全日本のセッターとして戻ってくるのか興味深いところだ。中田監督の手腕に注目したい。
 いずれにせよ新しい全日本チームも世界のトップチームとも互角に戦っていけそうなのは頼もしい。これを見ていると、世代交代はやはり大事だと思う。世代間でうまく能力、ノウハウ、文化といったバトンを渡していく事をていねいに考えていく事がどの世界でも大切だと思うのだ。年長者は荒削りな若い世代を盛りたて、若い世代も上の世代に敬意を払い文化を継承していく、そんな当たり前の事が、なかなか難しい。そんな事を思いながら一杯やりながら毎日テレビをダラダラ見ている猛暑の夜もそれはそれでまたなかなかいいものだと一人勝手に思っている(第三者的に見るとただの酔っ払い)。

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