« 味噌の味 | トップページ | ブルートゥーススピーカー »

中流意識とか中産階級とか

 この間塩野七生さんの「日本人へ 危機からの脱出編」を読んだ。興味あるポイントがいくつもあったが、その中で「民主政体は、安定した中産階級のないところには確立しない、と言われる。ならば、圧政者の追放には成功しても、自らの意志で生産に励む健全な中産階級が確立していない社会に、民主的な政体は根付くことができるのか。イラクでもアフガニスタンでも成功しなかった。それが、エジプトやチュニジアだと成功できるのだろうか。私には、圧政者を追放した後のこれらの国が、それ以前の部族社会にもどってしまうのではないかという気がしてならない。それとともに、部族社会こそがテロリズムの温床であったことも思い起こしながら。」という一節があった。
 また、「民主政治が機能していないという現情は、口には出さなくても誰もが感じている。とくに、民主政体のはずのギリシャの惨状を見ないでは済まないヨーロッパでは、この種の想いがじんわりと広がりつつある。」と言う。民主政が何故なれの果ての衆愚政に堕するのかという疑問を呈している。 
 ここで想い出したのは、日下公人氏の視点だ。例えば・・・
「民主主義はやがて、平等第一の社会主義になっていく。社会主義はやがて異端者いじめになって、全体主義へ変わり、独裁者を生み、最終的には自分に逆らう者はみな殺せになってしまう。」
「『自分が働く』という精神は日本の最大特徴である。その精神のすばらしさは、発展ルートの多様性に表れる。働く人は自然に工夫改良するからで、ダイバーシティ(多様性)は日本とインドに共通する長所である。」(以上「日本精神の復活」)
「『中流』の精神の根本は「自らことにあたり、まわりのせいにしない」ことではないかと思っている。したがって、何事も社会のせいにする左翼の人は、意識が「下流」か「下層」のままだと思う。」
「日本から「中流」の精神が失われたら、日本でなくなってしまう。」(「思考力の磨き方」)
  かつて日本は「一億総中流意識」と言われた時期もあったが、どうやら中流意識とか中産階級というゾーンはいろいろな切り口から非常に重要な概念という事になりそうだ。私なりに簡単に整理すると、キーワードは「自分で働く(日下)=自らの意志で生産に励む(塩野)」といったところか。これは精神的には「独立自尊」という事になるのだろう。
  それに加えて、「いまの日本に必要なのは」と日下は言う。それは「ひらめき型の天才である。」(「思考力の磨き方」)
 翻って考えると、それが「なれの果ての衆愚政治」(塩野)の回避への途と言ってもいいのかもしれない。大前研一の言い方では「今後の日本に必要で、いま最も不足している人材は、『異才』である。」という事になる。

|
|

« 味噌の味 | トップページ | ブルートゥーススピーカー »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

Hello.This post was extremely interesting, particularly since I was searching for thoughts on this issue last Friday.
moncler mens jackets http://www.aspensports.com/ui/moncler/index.asp?id=79

コメントありがとうございます。
「自分で働く=自らの意志で生産に励む=独立自尊」というところがエッセンスだと思っています。

投稿: moncler mens jackets | 2013年11月29日 (金) 01時08分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/403985/53885381

この記事へのトラックバック一覧です: 中流意識とか中産階級とか:

« 味噌の味 | トップページ | ブルートゥーススピーカー »