「リンゴが教えてくれたこと」
木村秋則氏の「リンゴが教えてくれたこと」(日本経済新聞社)を読みました。リンゴの「自然栽培」を成功させた人ですが、その道のりに打たれた。こんな人が現代にもいるんだと思うと勇気がわいてきます。
新聞でこの本の紹介を読んだような気がしますが、たまたま仕事で外出中に立ち寄った本屋さんで見かけたので何気なく買ってきたのですが、いい本でした。めぐりあいのようなものを感じます。
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木村秋則氏の「リンゴが教えてくれたこと」(日本経済新聞社)を読みました。リンゴの「自然栽培」を成功させた人ですが、その道のりに打たれた。こんな人が現代にもいるんだと思うと勇気がわいてきます。
新聞でこの本の紹介を読んだような気がしますが、たまたま仕事で外出中に立ち寄った本屋さんで見かけたので何気なく買ってきたのですが、いい本でした。めぐりあいのようなものを感じます。
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前記の本で伊丹氏が水谷三公氏の次のような見解を紹介しています。
(要約)江戸時代の日本とイギリスにおける政治権力と土地の所有の関係
→イギリスでは、土地所有=政治権力所有、日本では大名が土地の所有者ではなくなってしまった。百姓が土地の所有者で大名はその管理者。
すなわち、アングロサクソンは、土地を所有するとその土地に関わって生活している人たちの運命を左右できる権力が発生するという伝統を一千年にわたって持ってきた。このことを株式に置き換えてみると、株式という財産権の象徴を持っていれば、その財産に附属している人達の運命を左右しても仕方がないということになる。
(以下伊丹氏意見)そうしてみると、日本という国は封建制度(土地という財産を所有しているということが、政治権力のベースになる制度)というものから四百年も昔に抜け出したといえる。日本人は、企業は誰のものかと問われた場合、株式会社制度のもとだから建前では株主と答えるだろうけれど、内心では働いている人間だと考えていると思う。
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随分前にチャン・ユンのワイルドスワンを読んだ。今も本棚にあるその本は随分ボリュームのある作品で、波乱万丈の物語だ。いくつものエピソードの中で何故か今も私の一番印象に残っているのは、著者の母親のことだ。著者の人生のターニングポイントで、人とのつながりを作ったりしながら必ず登場するのである。母親の存在が無ければチャン・ユンの人生は全く別のものになったであろうことが容易に想像される。
一般論としての女性の社会進出に関する議論をしばしば聞くが、そんな時私はちょっと違和感を覚えながらふと思い出すのがこのワイルドスワンに描かれている母親のような存在なのだ。あまり一般的な読み方ではないかもしれないが、人の人生はいわば命のリレーの一走者であるという一つの単純な事実を私はこの本から感じているのである。
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阿川弘之の「大人の見識」という本を昨年末に読んだ。文芸春秋の3月号で「英国の光と影」と題した著者の文章がのっていた。同書に獅子文六、小泉信三、福原麟太郎、池田潔の英国論を多く引用したが、英国の光の部分を表現することが多く、影の部分もきちんと紹介すべきであったということで、会田雄次著「アーロン収容所」と、陳舜臣著「実録アヘン戦争」を紹介している。中で「ドーヴァー海峡を渡った英国紳士は紳士でなくなる」という俚諺をひいているが、これは一般論としても含蓄ある表現のように思った。
戦時の状況とは比べるべくもないが、海外で暮らす人間には特に軸足が必要だと最近よく感じる。自分のよってたつところが何か。それがないと精神が不安定になる。身近には家庭が生活の基盤となる。あるいは父母、ふるさとといったつながりを大事にすること。あるいは宗教的なバックボーンか。それによって心を平静にし、前向きな精神状態を保つことができる。根無し草とはよく言ったものだ。転石苔を生ぜずと言ってもよい。(後者はいい意味にも使われるらしいが)。何か好きなものが軸足になることもある。人間、キョロキョロばかりしていてはいけないということのようだ。
話は戻るが、上海に暮らしていた時、欧米人が元気なく、時にはだらしなく見えることもあった。数自体それほど多くはなかったのだが、不自由な生活の中で、なんとなく屈折しているような感じの人も少なくなかったようにも思える。自分の国を離れて海外に暮らす際には、やはり「自分の軸足」をしっかり意識しながら生活をする必要があると思った。そうでないと、どちらつかずの中途半端な人間になってしまうような気がするのだ。逆に、祖国で平穏に暮らす人々は、やはり落ち着いたいい感じなのである。一般的には、アメリカ人はアメリカで接するとき、イギリス人はイギリスで接するとき、そして日本人は日本で接するときにこそその国の人本来の特徴を発揮しているのではないかと思う。
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高校時代の夏休み、担当の先生に薦められて寺田寅彦随筆集を読みました。読んだ記憶はあるのですが、今一つ内容が頭に残っていませんでした。文庫本自体も父母の家に置いてきてしまったのか、今の本棚にはありません。
昨日、第一巻を買いなおして読み始めました。最初の「どんぐり」は、亡き妻の思い出を綴った作品で、電車の中で読んだのですが心にしみました。少しずつ読み進んでいきたいと思います。
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今日は、久しぶりに御茶ノ水に行ったのですが、駅前の丸善で「格差社会で日本は勝つ」という本を見つけました。著者の鈴木真実哉さんは、私の大学のゼミの先輩です。卒業してから、一度もお会いしていませんでしたが、偶然にもこの本を見つけて、大変なつかしく思うと同時に、ご活躍の様子でうれしくなりました。現代日本の社会をクリアーに切り取って平易な文章で今後の指針を示した本書が一人でも多くの方に読まれるといいなと思っています。
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格差社会で日本は勝つ―「社会主義の呪縛」を解く 著者:鈴木 真実哉 |
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部屋を片付けていて出てきたナンシー関の文庫本「何をいまさら」を何年かぶりにパラパラと読みました。このストレートな表現はやはりすごいですねー。誰もが普段「なんとなく」感じていることを的確に言葉に置き換えることのできる能力と技術。思想とか哲学とかこ難しい体系的なバックグラウンドは全く感じさせませんが、このストレートさは、やはりただ者ではありません。実名でいろいろな人や事象をこき下ろしていますが、こんな本を堂々と出せる人というのも珍しい。書かれた人達の「反論」ってなかったんでしょうか。それも読んでみたい気がします。あるいは対象が基本的にはテレビ等のマスメディアに登場する人達なので、単に業界内の砂嵐みたいなものなのか・・・。かもしれない。いかに我々の生活の中にテレビの毒が垂れ流されているということなのかもしれません。ちなみに「ナンシー関大全」って本も持ってます。自慢じゃないけど。
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「実は、人類諸種族の生活というのは、いろんなところであそんでいる子どもたちみたいなものなのだ。山の上の子どもたち、森の中の子どもたち、野原の子どもたち、川っぷちの子どもたち、海べりの子どもたち・・・。みなそれぞれの環境条件に応じ、またそれぞれの種族の性格に応じてあそびかたがちがう。」・・・
高島俊男さんの「漢字と日本人」(文春新書)の一節です。西洋人の「一本道思想」について、こういった表現でものごとの本質を分かりやすくときほぐしておられる。正に目からうろこがおちる思いでした。「漢字と日本人」、是非ご一読下さい。
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漢字と日本人 著者:高島 俊男 |
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